きっかけなんてそんなもの




・・・困ったなぁ。

 イライジャ・キールは建設中のギガフロート内をさまよっていた。
 ギガフロートとは、 地球連合がジャンク屋を使って民間移動式宇宙港という名目で、極秘に建設している人工の島の事で、 このギガフロートを護る事が、傭兵部隊サーペントテールの任務だ。
 このギガフロートは、通常の宇宙港とほぼ同じ構造になっており、居住スペースなどが設けられている。 なので、地図を頭に描いておかなければ迷ってしまう。
 案の定イライジャは迷ってしまったのだ。
「聞いてるのか、あんた」
 おまけに、自分と同じくらいのジャンク屋組合の組合員3人に因縁をつけられてしまった。
「オレはお前らに構っているほど余裕は無いんだ」
「へっ、流石は傭兵様、一介のジャンク屋なんか相手にしないって事ですか?」
「あーあ、これだからMSに乗っているやつは・・・」
  どこの世界にも、了見の狭い人間はいる。
  じっと我慢をしていたイライジャが、流石に我慢の限界点を超えそうだ。
  その時だった。





「そこ、何をやってるんだ!」



  はっきりとした声が聞こえてきた。
「げ・・・」
「よりによって・・・」
「・・・Pvxis(ピクシス)のかよ・・・」
 イライジャが振り返ると、ジャンク屋組合のが立っていた。
  この任務についてから、何度か彼女を見かけた事があった。しかし、彼女は何時も走り回っているらしく、話をする機会など無く、名前しか知らなかった。
「こんな所で何をしているんだ?」
 は堂々とした面持ちで近づき、イライジャとジャンク屋組合員の間に立った
「や、ちょっと休憩ですよ、休憩」
 その言葉を聞いたの眉が歪む。
「『Octans(オクタンス)』の担当場所はB−2a地区のはずだ。このK−5c地区からはかなり遠いようだが・・・」
  逸らす事を許さぬ視線で、は少年達に問いかける。
  ジャンク屋組合は何人かでチームを組んでおり、集まって仕事をする時には輸送船の名前で呼ばれる事がある。の『Pvxis(ピクシス)』も少年達の『Octans(オクタンス)』も各自の載っている輸送船の名前だ。
「そ、それは・・・」
  鋭い視線を投げかけられ、少年たちは後ず去る。
 は身長は170cmと、女性にしては高い方だ。イライジャやこの場にいる少年たちと比べると高く、 しかも、威圧感がある。
 は、そのままじっと射殺すような視線を少年達に与えてる。
「っ失礼しました!」
  その視線に耐えられなくなったのか、1人が頭を下げると残りの2人も頭を下げ、逃げるように走り去った。
 3人がいなくなると、は、フッと軽く息を吐き出し、イライジャに顔を向けた。
「さきほどは、ウチの組合員が粗相をしてしまったようで、申し訳ありませんでした」
  言って、頭を下げる。
「え・・・あ・・・いえ・・・」
 この行動に、流石のイライジャも戸惑った。
 イライジャの知っているジャンク屋の人間は、山吹樹里とプロフェッサーくらいだ。 樹里は後ろ向きな性格で、プロフェッサーは嫌味ったらしく、 彼女のような堂々としていて礼儀正しい人間は見た事が無い。
「自分がMSに乗れないから、あの子達はあなたの事が羨ましいんですよ」
「羨ましいのか?」
 イライジャは、何故、という視線を、に投げかける。
「ええ。私達ジャンク屋は、キメラやレイスタくらいしか使用できませんから」
「ワークスジンがあるんじゃないか?」
「確かに、ワークスジンがありますが、あれはナチュラルが操縦できないため、 あまり普及していないんですよ」
  ジャンク屋組合で使用されているのは、連合のミストラルを改造したキメラと ジャンクを集めて作ったレイスタ、先頭で破損したジンを回収したワークスジンの3つだ。 この3つは作業用で、戦闘能力は無いに等しい。 おまけに、ジャンク屋組合は9割がナチュラルで構成されているため、 コーディネイター用のジンを扱う事は出来ない。
「あー・・・」
「納得していただけましたか?」
「一応」
  それはよかった、と、先刻まで鋭い視線を持っていた人物とは思えないほどの、 例えるなら春の陽だまりのような笑顔を、イライジャに向けた。




  ・・・あれ・・・?・・・




  一瞬、イライジャの鼓動が、高鳴った。
「あ、そうだ、これをどうぞ」
 は着ていた上着のポケットから、セロファンに包まれた飴玉を数個取り出し、イライジャに渡した。
「え・・・あ、ありがとう」
  イライジャは慌てて礼を述べる。
「それでは、失礼します」
 は会釈をして、イライジャの横を通り過ぎた。
  ふわり、と、爽やかない柑橘類の香りが、イライジャの鼻腔をくすぐった。
 再び、イライジャの鼓動が高鳴った。それと同時に、頬に熱が集まっている事に気がついた。




  それは、彼が『恋』に堕ちた瞬間だった。




  END
 





後書き
 唐突にはじめちゃいました。
 相手は見て分かるとおり、イライジャです。そして、ヒロインは姐御肌です。
 作中に出てきた『Pvxis(ピクシス)』も『Octans(オクタンス)』も星座の学名です。