16.リップクリーム カナード・パルスは手に持っているものを見て、ため息を吐いた。彼の手には、可愛らしくラッピングされた袋がある。 男である自分が、こんなものを持っていると妙は気分になる。 だが、コレはカナード本人が使うものではない。プレゼント用に買ったものである。 いつもの調子で『やる』と一言言って、渡せばいいだけの話。 けれど、今の彼には、それをやる度胸が全くないのだ。 「・・・」 浮かぶのは彼女の笑顔。 ふんわりとした優しいものではなく、好戦的で自信に満ちた笑顔で、現在、彼の思考の8割を占めている、・。 はカナードが想いを寄せる女性であり、プレゼントを渡したい相手でもある。 は、自分の容姿に無頓着だ。 周囲の人間(主に女性陣)がどんなに化粧をすることを――「もっと着飾ればいいのに」と薦めても、彼女はそれをスルーしている。 深い意味など無い。単純に『面倒だから』である。 は洗顔後の保湿など、必要最低限のことしかしておらず、機能重視の服装で『可愛い』や『綺麗』といった服装はしない。 だが、カナードはそれでいいと思っている。 過剰な化粧などしなくても、カナードにとって、は魅力的な女性である事には変わりはないのだ。 そんなでも、リップクリームだけは欠かさずつけている。 唇は皮脂分泌がなく、ごくうすい粘膜で覆われているだけで、最も荒れやすくデリケートな部分だ。1日つけないだけでもガサガサに荒れ、運が悪ければ唇が切れてしまう。 それを避けるためにはリップクリームをつけていて、特に、気を使っていると、カナードは耳にした事があった。 淡い色の唇。 うっすらと色づき、自己主張しないそれは、小さな花のようだと、カナードは思った。 仕事で地球に下りた際、カナードはリップクリームを買った。 女の子の向けの雑貨店で、何となく目に付いたのだ。気づいた時、カナードはそれを手にとってレジで清算を済ませ、ラッピングまで頼んでいた。 (何でこんな事をした?) カナードは自身の行動を疑問に思ったが、やってしまえば後の祭り。 捨てように捨てられず、ポケットの奥にねじ込んでいた。 そのまま、それの存在を忘れていたが、久しぶりににあったとき、その存在を思い出した。 ポケットに入れっぱなしでグシャグシャになった袋を手にとり、一人で作業しているに近づく。 はヘッドフォンで音楽を聞きながら作業をしている為、カナードには気づいていない。 「」 そう言っての肩を叩くと、は一瞬驚いた表情になったが、直ぐにいつもの表情に戻りヘッドフォンを外した。 「カナード、どうしたの?」 「ん、いや・・・」 見つめられ、カナードは言葉を濁す。 ふと、目に付いた淡い色の唇。それを意識した途端、カナードはから視線を逸らした。 普段やたらと『雄々しい』とか『凛々しい』とか下手すりゃ『兄貴(姐御)』と言われるだが、 こういう時だけ、一人の『女性』としてカナードは意識してしまう。 「おーい、どうしたー?」 けれど、はそれを意識する事無く、カナードの眼前でヒラヒラと手をふる。 「な、何でもない・・・!」 カナードは顔を真っ赤にして、持っていたモノをの前にさしだした。 「?」 「やる!!」 無理矢理それを押し付けると、カナードは振り返らず走っていった。 「・・・何だったの?」 まるで嵐のようだと、は思った。 いきなり現れて、顔を真っ赤にして、人に荷物を押し付けて・・・一体、彼は何がしたかったのか。 は疑問に思ったが、当の本人がいないため、それを口にする事はなかった。 その代わり、押し付けられたものを見つめた。 可愛らしい柄の、グシャグシャの袋。 開いてみると、そこには、リップクリームが入っていた。 が普段つけているより、若干濃い色のリップクリーム。パッケージは、以前雑誌で見た某有名店の新作だ。 「プレゼント、なのかな・・・?」 自分用のものなら、こんな可愛らしいラッピングはなしないだろうし、色もついていないはず――どう見ても、メンズようのものではない。明らかに、女の子向けと分かるものだ。 パッケージを開けて、マジマジとそれを見た。 「分かってるのかな、カナード?」 男性が女性に口紅を送るのは『キス』のサイン。 は、封を切ったばかりのリップクリームに、そっと口付ける。 「期待しちゃうよ」 君の好意に。 END |
後書き
カナード→←のフラグが立ちました。
どこかの雑誌に「男性が女性に口紅を送るのは『キス』のサイン」と乗っていたので、それを見て思いつきました。
意外と大胆なことするね、カナード。ただ、カナードはその意味を全く理解していませんがw