No,41 君がいなくちゃ 後編 しばらく時間を巻き戻してみよう。 買い物に出かけた街で、ジェスとはベルナデットに出会った。 ジェスはベルナデットと口論になりかけた矢先、が言った。 「ジェス、時間が掛かりそうだから、私は先に買い物に行くね」 「は?」 「あ、何かあったら連絡入れるから」 は二人に背を向けて雑踏へ消えていった。 「ちょ・・・!」 慌ててジェスがを呼ぶが、その声は雑踏に消えたには届かなかった。 「邪魔しちゃったかしらね?」 「多分な・・・」 ガックリと肩を落とすジェスを見て、ベルナデットは、珍しい事もあるのね、などと考えていた。 彼女の知っているジェスは、少なくとも、誰かに執着するような人物ではない。常に真実を求め、一箇所に留まる事無く、それ故に一人に執着するとは考えられないのだ。 そんなジェスの項垂れる姿を見たベルナデットは、雑踏に消えた人物―――に興味がわいた。 「あの子が・なのね?」 「ああ」 ジェスはぶっきらぼうに答える。 と買い物出来なくなったのは、ベルナデットの所為ではない。頭で分かっていても、心の中では納得できなかった。 折角、と買い物が出来ると思ったのに・・・! 買い物はとセトナの役目だ。よほどの事が無い限り、ジェスに買い物を頼む事は無い。今回はセトナがいない事に加えて、日用品と食料がなくなりかけていた為、大量に仕入れなければならず男手が必要だったからだ。 本当はと一緒に買い物に出かけてみたかったため、ジェスは密かにこの街で女性に人気のある場所をチェックしていたのだ。そのくらいとの買い物を楽しみにしていたのだが、見事に当てが外れてしまった。 「あなたの恋人なの?」 云われ、ジェスは押し黙った。 『恋人』という関係だったらどんなに良い事か。けれど、それは彼の願望であって、事実ではない。 「片想いってわけね」 「悪いか?」 「別に。だた、彼女に興味がわいただけよ」 事実だった。 取材や現場などで、 『野次馬に女が出来た』 と噂されていたのだ。 ベルナデットがについて知ってるのは『の瞳の女性』である事だ。運命の悪戯か、ベルナデットはの名前を聞いた事があっても、実際に会った事はなく、今日がファーストコンタクトだった。 どんな人物かと期待していたベルナデットは、を一目見て、とても強い光をの瞳に宿した人物だと思った。 「見た目だけで判断するのはいけないけど・・・変わった子ね」 『変わった子』という評価を利いて、ジェスはむっとした。 「は女性としても、技術者としても良い人間だ」 料理など日常的な事から、アウトフレームの整備まで、がこなしている。 愚痴の1つ云いたくなるであろう状況だが、は愚痴を言った例がない。むしろ、自分の愚痴や悩みを聞いてもらっているくらいだ。 その時も、は何も言わず黙って聞いてくれる。何も言わないの優しさが、痛いほど身にしみた。 「の事を悪く言うと、ベルでも許さないぞ」 その言葉を聞いて、ベルナデットは唖然とした。 まさか、彼がこれほどの言葉を口にするとは・・・。 そのくらい、という女性が大切な存在である事は、容易に認識できた。 「あの子のこと、好きなのね」 「―――好きだ」 が自分にどんな感情を持っているのか分からないが、が好きである事は、紛れも無い事実なのだ。 他の誰よりもきっと。 それから直ぐにベルナデットと別れたジェスは、行く当てもなく、街をフラフラと歩いていた。 凄まじい爆発音と閃光が轟いたのは、それから数分後の事だった。 * * * 熱い・・・。 熱さと匂いに目を覚ましたジェスは、状況を確認する。 「ここは・・・?」 何処かの建物の下らしい。 「思い出した!」 突如起きた爆発から逃れるように、公園の遊具の中に逃げ込んだ。 多少傷を負ったが、生命の危機に至る傷ではない。しかし、光など射さない空間で、ずっと此処にいては気がめいる。 「・・・大丈夫かな・・・」 ジェスの脳裏にの笑顔が浮かんだ。 最初はその笑顔に惚れて、半ば強引にアウトフレームの整備士を頼んだ。けれど、行動を共にしていくうちにの外見だけでなく、内面にも惹かれていった。 不器用なまでに、真っ直ぐで一途で、頼りになるが、本当は守ってあげたくなる危うさを秘めた―――温室で大切に育てられた花と違う、厳しい環境の中で力強く生きている花のような女性。 「・・・」 逢いたいよ・・・。 ジェスの瞳に涙が浮かぶ。 に逢いたい 逢って、話をして、ずっと笑っていたい・・・。 「ジェスー!!!」 ・・・! の、一番逢いたかった人の声が、ジェスの耳に届いた。 必死に自分を探している。 「!」 ジェスもそれに答えようと、声を張り上げる。埃に咽喉をやられ、咳き込みながらも、を呼び続けた。 「、ここだ!ー!」 「ジェス!」 少しずつ、足音が近づいてくる。 そして、ジェスのいる遊具の前で止まった。 「大丈夫?怪我してない?」 「ああ、大丈夫だ!」 出入り口らしきものは瓦礫によって塞がれており、2人はコンクリート越しに会話を交わす。 「良かった・・・」 心底安心したの口調。 「待ってて、今助けるから!」 助ける?このコンクリートで塞がれているのにどうやって? 「、何をする気だ!?」 ジェスの焦りとは裏腹に、は着ていた上着の袖をまくった。 「ハァッ!」 気合と共に、はコンクリートに手をかける。 歯を食いしばって重なっているコンクリートを一つずつどかしていく。 コンクリートは片手で持てる小さなものから、の腰まである大きなものまであり、一つずつどかしていくのは女性であるからして見れば重労働で、指先――特に爪が欠けたり割れたりしている。 それでも、は休む事無くひたすらコンクリートをどかし続けた。 呼吸が荒くなり、汗もびっしょりかいていて、身体はガクガク震えている。 「っく・・・!」 の体力は既に限界を超えており、本来ならばもう動けないはずだ。 しかし、は気力を振り絞って、ジェスを助けたいがために動き続けている。 ―――絶対に、助ける! そして。 ジェスの目に光が飛び込んできた。 「ジェス!」 最後のコンクリートをどかし終えたがジェスに手を伸ばし、ジェスもそれに答えるかのようにの手を握り締め、遊具の中から這い出した。 「ジェス!」 無事でよかった、は心底安堵の息を漏らした。 「・・・ごめん、心配かけた・・・」 「いきなりの出来事だったから・・・それより、二次災害に巻き込まれると危ないから、早く此処から離れよう」 「え・・・あ、ああ」 はジェスの手をとって走り出した。先刻まで、救助活動していたとは思えないほどの体力だ。 それよりもジェスが気になったのは、の手だ。 自分の手を握って(掴んで)いるの手は、小さな擦り傷や切り傷が目立ち、爪はボロボロにかけている。こんな風になってまで、自分を助けてくれたの優しさと強さに、ジェスは泣きたくなった。 ―――オレが守らなきゃいけないのに。 女性であるを守るべきは自分であるのに、逆に守られてしまったのだ。 情けない。 ジェスはそんな感情を胸に、に手を引っ張られ、アウトフレームの置いてある場所まで走っていった。 * * * 結局買い物が出来なかった二人は、残っていた缶詰などをうまく利用して夕食をとった。 後は何する事無く、各自自分達の寝床に入って夜を過ごしていた。普段と一緒に寝ているセトナも、ジェスのボディーガード(?)であるマディガンもおらず、必然的に二人きり+1体だ。 ジェスがベッドに寝転がって雑誌を読んでいると、バックホームの出入り口用の扉がノックされた。バックホームは、外とコックピットから出入り可能で、夜はコックピットからの出入りがメインだ。 「ジェス、今、大丈夫?」 「構わないぜ」 ジェスが扉越しに声をかけると、扉が開き、が入ってきた。寝巻き代わりに使っている大き目のシャツから、ほんのりと赤みを帯びた肌がチラチラ見えて、ジェスはドキドキした。 「どうかしたのか?」 そんな鼓動を悟られないよう、ジェスはいつもと変わりなくに声をかける。 「あ、うん・・・ちょっとね・・・」 ジェスはベッドに腰掛け、は隣に座り、ジェスに寄りかかった。 「・・・?」 「・・・ごめん・・・ちょっと、怖かったから・・・」 の声色と身体は、微かに震えていた。 「何が、怖かったんだ?」 問いかけるが、答えは無い。 そんなの姿を見たくなくて、安心させたくて、ジェスはを抱きしめた。 の身体が強張ったが、それは一瞬の出来事であり、は自然にジェスに己を預けた。 「・・・かって・・・」 ポツリと落とされた言葉は、ほんの少しだけジェスの耳に届いた。 「悪い、もう1度言ってくれないか?」 「・・・ジェスが、いなくなるんじゃないかって・・・」 ―――今、何て云った? 一瞬、何を言われたのか、ジェスは理解できなかった。 「―――あの時、ジェスを助けられなかったら、どうしようって、思ってたの・・・ジェスがいなくなるのが、怖かったの・・・」 泣いているのだろうか。とぎれとぎれの言葉が、から紡がれる。 普段は雄々しくとても頼りになるのに、今のは、ふとした事をきっかけに壊れてしまいそうな硝子細工だ。 ジェスが一番笑っていて欲しい人は・・・泣いている。 には、泣いて欲しくなかったのに・・・。 ジェスはを抱きしめる力を強めた。 「ジェス・・・」 「ん?」 ジェスに身体を預けたまま、が口を開く。 「私、ジェスが好きだよ」 震えているがはっきりとした声で、は告げる。 「―――え?」 が・・・オレを・・・好き・・・? 「―――ずっと、ジェスが隣にいるのが当たり前だったから・・・ジェスが、ベルナデットさんと一緒にいるの見るの嫌なの・・・」 それは、つまり・・・。 「以前さ・・・ジェスが云ってくれたよね『好きだ』って」 「ああ」 「遅くなったけどさ・・・ちゃんと、言わなきゃって思ったの」 「うん」 ジェスはを抱きしめる力を緩めると、はジェスの目を真っ直ぐ見た。 「ジェス、好きだよ」 その言葉を聞いたジェスは、再びを抱きしめた。 「・・・オレ、やっぱりの事が、好きだ」 「・・・ん」 はジェスの言葉に返事をするかのように、ギュッと抱きつく。 お互いの存在を確かめ合うかのように、抱きしめる手を緩めない。 「あのさ、・・・その・・・」 「?」 「・・・キスして良いかな?」 ジェスの言葉に、はとまどいの表情を見せた。 当たり前だ。いきなりこんな事を云っては、誰だって驚く。 「・・・うん・・・」 は戸惑いつつも、ジェスの言葉に頷き、目をつむった。 そして、ジェスは目をつむっているに口付けた。初めて触れたの唇は、柔らかくて、ほんの少し、かさついていた。 こういった経験がないのか、微かな振るえが伝わってくる―――その感覚すらも、愛しいと感じた。 互いを確かめ合うように、何度も優しく口付ける。 再び目を開けた時、お互いの行動に戸惑いつつも、優しく微笑みあった。 END |
後書き
何というか・・・やたらと甘い話になってしまいました。
ここまで甘くする予定は無かったのですが・・・大目に見てください。
この話でどうしても書きたかったのが、さんがジェスを助けるシーン。とにかく雄々しいさんが書きたかったんです。
本当は、もっとさんを雄々しく流血させる予定でしたが、やりすぎるのは危ないと自粛しました。
ここまで読んでくださって有難うございました。