贈り物は何ですか?




2月14日は女性が男性にチョコレートともに愛の告白をする日、バレンタインデーだ。
しかし、ユニウスセブンが落下して大勢の犠牲者を出した日――バレンタインにちなんで『血のバレンタイン』と呼ばれるようになった。
この日、肉親を亡くした人間にとっては忌むべき日なのだが、それに関係の無い人間は、やはり、本来のバレンタインのイメージが強い。



2月13日の夜、ジャンク屋組合のはメモを片手に、自分のチームの船の中のキッチンに立っていた。

「えーっと・・・、ミルク組が・・・人で、ビター組が・・・人、ブラウニーケーキ組が・・・人・・・」

はバレンタインに知り合いにお菓子を上げている。もちろん、恋愛感情抜きにして、お世話になっているから感謝の気持ちをこめて上げるのだ。
組んでいるチームでは調理などを担当しているためそれなりの腕前であり、毎年好評を得ている。
いつもはそれなりに親しいジャンク屋組合の知り合いなど少数に上げているだけだが、今年はやたらと知り合いが多くて出来てしまったため、かなりの量がある。おまけに、子ども大人もいるから、甘いミルクチョコを使ったものを作るわけにはいかない。

(ま、好きだからやってるんだけどね)

自分の性格に少々悪態をつきながらも、は調理に取り掛かった。




明けて2月14日のバレンタイン当日。
『血のバレンタイン』で肉親をなくした人間は慰霊祭に出るのだろうが、少なくともの知り合いで『血のバレンタイン』によって肉親をなくしたものはおらず、普通にバレンタインを迎えることが出来る。

「あ〜、朝日がまぶしい・・・」

調理に時間が掛かったためろくに寝ていないは、ギガ・フロートから見える朝日に眩しさを感じた。だが、時間が掛かったおかげで、自身で納得するものが出来たのは嬉しかった。
とりあえず船の自室に戻り、目覚まし時計をセットして仮眠を取った。



聴きなれた音楽がなると、はアラームを止めて緩慢な動きで起き上がった。既に日が昇り、人々が活動する時間になっている。
顔を洗ったは袋に昨夜から今日にかけて作ったものを詰め込み、船を後にした。



最初に訪れたのは、ギガ・フロートの中心部、ジャンク屋組合が会議などに使っている応接室だ。
中に入ると、同じ組合に所属するリーアム・ガーフィールドと山吹樹里とプロフェッサー、
サーペントテールのロレッタ、風花・アジャー母子、叢雲劾にリード・ウェラーがいた。
!」
さん!」
の姿を確認した風花と樹里は嬉しそうに彼女に駆け寄ってくる。二人ともを姉のように慕っているのだ(のほうが年上である)。
「どうしたんですか、さん」
「なんだか甘い匂いがするわね」
「やっぱり分かるんだ」
は自分の服の匂いをかいでみたが、そんな匂いはしない。きっと、キッチンでお菓子を作っていたため、甘い匂いがしみ込んでしまい、その匂いがしたのだろう。無論、それだけは無いと思うが。

「今日はバレンタインだからね、お菓子を作ったんだ」

は持っていた袋から綺麗にラッピングされた袋を取り出し、二人に手渡した。
「ありがとうございます、さん」
、ありがとう」
二人から笑顔で礼を言われて、も苦労が報われたな、と思った。
「リーアムとプロフェッサーとロレッタさん、叢雲さんとリードさんもどうぞ」
再びは袋からラッピングされた袋や箱を取り出し、それぞれに手渡していく。
「今年もくれたのね」
「まあ、毎年恒例のことなので」
プロフェッサーは妖艶な笑みを浮かべて言う。
「律儀ですね、は」
「何かを作るのは嫌いじゃないからね」
リーアムの笑顔はいつもより柔らかい気がする。
「私たちにもくれるの?」
「はい、お世話になってますから」
「そうか」
「ありがとうな、
サーペントテールの大人組は
「あれ、あたしたちのとラッピングが違いますね」
「あー・・・それはね、甘いものが苦手な人がいるだろうから、何種類か作って相手に合わせてあげてるの」
樹里と風花はミルクチョコ、リーアムとロレッタとプロフェッサーと劾はビター、リードはウィスキーボンボンだという。
「ウィスキー入りか、ありがてぇな」
ウィスキー入りのチョコを貰って、リードは嬉しそうだ。
「相変わらず、気のきいた事をしますね」
リーアムの言葉に、は苦笑する。
「まあ、それだけが取り柄だからね・・・さてと」
「もう行っちゃうの?」
袋を持ち直したを見て、樹里が寂しそうに言う。
「うん。まだあげる人がいるから」
じゃあね。
そう言って、は応接室を後にした。




「さーて、誰かいるかなーっと」

通路を歩いていると、自分の背後で誰かが走ってくる音がした。その音は段々近づいてきたため、は振り返って背後を確認しようとした時、

様〜」

という声と共に、その声の人物はに抱きついてきた。
「セトナちゃん?」
「はい」
に名前を呼ばれて、セトナ・ウィンターズは嬉しそうに返事をした。
「私だったから良かったけど、他の人だったら避けてセトナちゃんか怪我したかもしれないから、もう後ろから走ってきて抱き付いちゃ・・・」
駄目だよ、と続けようとしたが、
「姉さん!」
という声に遮られた。見れば、マーシャンのアグニス・ブラーエ走ってきた。ナーエ・ハーシェルもアグニスにあわせて走っている。
「あ、アグニスにナーエ、久しぶり」
「久しぶりですね、
とナーエはにこやかに挨拶を交わす。一方のアグニスとセトナはというと。
「いきなり走り出したから、吃驚したぞ」
様がいたからよ、アグニス」
言い争いが始まるかと思いきや、の名前を出されて、アグニスは押し黙った。
そんなアグニスを見て、は頭に疑問符を浮かべながら袋からラッピングされた三つの袋を取り出す。
「何ですか、これは?」
火星にはバレンタインが無いのか、ナーエは不思議そうな顔をした。
「今日はバレンタインていう日なんだよ」
「バレンタイン?」
「うん。好きな人や友達、お世話になった人にお菓子を上げる日なんだ」
尤も、別の意味の記念日もあるけど。
それぞれを手渡すと、不思議そうな顔をした後、嬉しそうな表情になった。
「ありがとうございます、様」
からもらえて嬉しいです」
「あ、ありがとう・・・
三者三様の、個性的なお礼だ。
「好きでやってるからね」
じゃあ。



三人と別れたは、格納庫へ向かっていた。何となく、格納庫に誰かがいそうな予感がしたのだ。
行ってみると、サーペントテールのイライジャ・キールにフォト・ジャーナリストのジェス・リブル、カイト・マディガンがいた。マディガンは何故か小ぶりな花束を持っている。


「三人揃ってるなんて、珍しいね」

「「!」」

手を振ると、イライジャとジェスが嬉しそうにに駆け寄ってくる。
こそ・・・って、その袋は?」
イライジャがの持っている袋を指差す。
「これ?今日はバレンタインだから、皆に配ってるの」
袋からラッピングされた箱などを取り出し、三人に渡す。
「ありがとう、!」
「すっげー、嬉しいよ」
イライジャとジェスは、本当に嬉しそうに笑っている。一方のマディガンは礼を言いつつも、持っていた花束をに差し出した。

「?」
不思議そうな顔をするを見て、マディガンは言う。
「バレンタインは女性から男性にチョコを送るだけじゃなくて、本来は男性から女性に贈り物をする日でもあるんだぜ」
だから、に。
花束を渡されたは、花束とマディガンを見比べる。
「ありがとうございます」
ふんわりとした笑顔で、はマディガンに礼を言った。
そんなを見て、マディガンは満足そうに微笑み、イライジャとジェスは何故か悔しそうだ。




花束を貰ったは、三人と別れて、お互いを戦友と称しているロウ・ギュールを探した。

「どこにいるんだか」

悪態をつきながらもはロウを探す事は止めず、建物から外へ出た。
2月という事もあって海の風は冷たいが、内部が暖かかったため、今のには丁度良かった。

しばらく外を歩いていると、ロウを見つけた。


「やっと見つけた」
あんまり探させないでよ。
もう句を言うと、悪い、という返事が返ってきた。
「ほら、アンタのリクエストしたヤツ作ってきたよ」
最後まで袋に残った物を取り出し、ロウに放り投げた。放物線を描きながら落下するそれを、ロウは巧く受け取った。
「作ってくれたのか」
「リクエストされたからね」
はロウの傍により、どっかりと腰を下ろす。
ロウはそんなを気にも留めず、貰ったラッピングをはずして中身を取り出した。
中には、彼がリクエストしたお菓子が入っていた。
「ありがとな、
ロウにそういわれたは、一瞬キョトンとしたが、直ぐにいつもの笑みを浮かべた。

「今更でしょう?」

そんなを見て、ロウもまた笑った。

「ああ、今更だな」


贈り物の中身は皆違うけど、彼女が込めた想いは同じ。



  END