自覚無き一目惚れ 不機嫌さを隠しきれないカナード・パルスは、ジェネシスαの通路を歩いていた。 もしも、この場にゴミ箱や自動販売機があったら、彼は間違いなく無機物に八つ当たりしていただろう。 それくらい不機嫌なのだ。 彼が不機嫌なのには、理由があった。 とある事情でジェネシスαにやってきたカナードが格納庫に相棒であるドレットノートイータをおいている途中、雑談にする者達がカナードの眼に飛び込んできた。 それだけなら何の不思議も無いのだが、その集団の中に、ある人物―――意志の強そうなの瞳を持った・を見つけたのだ。 ロウ・ギュールやイライジャ・キール、ジェス・リブルにカイト・マディガン、といった男達と楽しそうに雑談に花を咲かせるの姿を見たカナードは、その姿を見たくなくて、さっさとその場を立ち去った。 そして、冒頭に至るわけだが。 「イライラするぜ・・・!」 楽しそうに笑っているの姿を思い出したカナードは、この場にいない人物に悪態をついた。 お互いを『戦友(とかいて拳と拳をぶつけ合う仲)』と称しているロウはともかく、イライジャもジェスもマディガンも、に好意を持っているようで、と話している時、とても嬉しそうだ。また、話の内容などから、と彼らが親しい関係にあると見える。 それに比べて、カナードとは数えるくらいしか会っていない。 そのほとんどがジャンクの受け渡しなどお互いのビジネスに関わるもので、親しく話をした記憶など無く、無論、そういった間柄ではない。 は明るい性格だが、的確な判断力や決断力、行動力を持ち合わせており、そこら辺に転がっている男より頼りになる。 また、他人に関わる事が多そうで少ないわりに、自分の決めた事は決して曲げず、年上の人間との衝突も恐れない喧嘩っ早く、大胆不敵な性格。 変な奴。 それがカナードの、に対する第一印象だった。 今のその印象は変わっておらず、逆に、彼女に対してどうしようもない―――焦燥とも嫌悪ともつかない感情が、カナードの心の中で渦巻いていた。 あいつを見てるとイライラする。 ―――ドコガ? いつも笑ってやがる。 ―――ソンナ表情ヲオレニハ見セテクレナイノニ 何でそんな風に笑ってやがるんだ? ―――オレヲ見テクレ お前はオレを見ていないのか? ―――ウツシテクレソノノ瞳二 オレはお前をずっと見ているのに。 ―――オレ以外ノ奴ヲウツスナ! ガッ! カナードは壁を叩いた。 「・・・!」 イライラするのだ。 の傍にはいつも誰かしらいて、楽しそうに笑っている。 その姿を見ているのが嫌だ。 自分との接点はほとんど無く、あのの瞳に自分を映してくれない。 それが嫌で、嫌で、たまらない。 何故、そこまであの女を気にかける? そう思っていた、そのとき。 「今凄い音がしたけど、アンタが原因?」 カナードの背後から声が聞こえた。 「お前は・・・!」 そこにいたのは、先刻まで格納庫で談笑していた、だった。 「なーに、八つ当たりしてんの?」 は呆れながらも、カナードの壁を叩いた方の手をとった。 カナードは一瞬身体を強張らせたが、はその事に気づかなかった。 「怪我してるじゃない」 カナードの拳には、血がにじんでおり、は眉をしかめた。 「自分の身体は大切にしなきゃ駄目でしょうが」 「お前に云われる筋合いは無い」 「・・・可愛くないわね、アンタ」 男が『可愛い』といわれても嬉しくない。 はそんなカナードの心情など知らず、上着のポケットからバンドエイドを取り出し、それを患部に張った。 「な・・・!」 「応急処置よ。何驚いてんの、アンタ」 カナードは突然のの行動に驚くが、は何のリアクションもしない。 頬が熱くなり、カナードの鼓動が早く脈打つ。 にこの鼓動を刻む音が聞こえないか、カナードは密かに心配していた。 何故だろう。 に触れられた部分が熱を持っていると感じたのだ。 「これでOK,と」 応急処置を終えたは、カナードの頭をグシャリと撫でた。 「カナード、今度は気をつけなさいよ」 自分の名前を呼ばれた時、暖かいものがカナードの心を満たした。 ―――が触れているのは、自分だけ。 ―――の瞳に写っているのは、自分だけ。 この瞬間、の意識は、自分にだけ向けられているのだ。 そう思うと、カナードは知らないうちに笑みを浮かべた。 しばらくはカナードと一緒にいたが、リーアムに呼ばれていってしまった。 その姿を見送ったカナードは、とリーアムが見えなくなると、口元に不適な笑みを浮かべた。 「―――絶対に捕まえて見せるぞ、・・・!」 あのの瞳が、自分だけを映すように。 END |