1.おはよう パラパラ・・・と、水滴の落ちる音で、叢雲劾は目を覚ました。 厚手のカーテンの隙間からは、灰色に塗られた景色が見える。 「雨か」 劾は隣で眠っているロウ・ギュールを起こさないように呟いた。 折角自分のシフトとロウの休日が合ったから出かけよう、と約束したのだが、 この雨では難しい、と劾は考えた。 警備保障会社に勤める劾は、その最前線である現場で働いている。 週休二日制だが休日はローテーション制で、大学生であるロウの休日とあまり合わないのが現状だ。 さて、どうしたものか。 雨が降っている場合、屋外で行動すると雨に濡れてしまう。逆に、デパートなどの屋内だと雨で行き場を失った人々が集まってくる。 どちらも避けて通りたい。 そんな風に劾が考えていると、眠っているロウが擦り寄ってきた。どうやら眠っていても寒さを感じるらしく、暖を求めているようだ。 劾は少し肌蹴ている布団をロウの肩が隠れるようにかけてやった。 ふと、その躯に目をやると、昨夜の行為の名残りである赤い花が写った。程よく日に焼けたロウの躯に咲いている無数の花は、その行為の激しさを物語っている。 「こんな風にやったつもりは無いんだが・・・」 劾は己の行動に苦笑しつつ、ロウの髪をすいた。 平日にロウを抱くと、次の日の学校生活に影響が出るため、休日しか彼を抱かないようにしている。 その反動か、休日にロウを抱くと、自分でも驚くくらい激しく―――壊してしまう程強くロウを抱いてしまう。 本当はもっと優しくしたいんだが・・・。 頭(理性)でそう思っていても、心(本能)はそのように行動してくれない。 劾とロウの関係を知っている同僚は 『人間は理性と本能を持ち合わせている。 常に理性を持って本能を抑圧しても、本能を押さえられない時がある。 睡眠や食欲、生殖活動などの一次的欲求は生命活動においてとても重要なものだ。 一次的欲求の場合、どう足掻いても本能の方が勝る。 だから、人を抱く時、本能に従って激しくなるのは当たり前のことなんだよ』 と云った。 それは確かな事だ。 どんなに理性を持って本能を抑圧する能力が高い劾でも、ロウの事となると、簡単に本能の方が勝ってしまう。 「まだまだだな、オレは・・・」 自嘲気味に劾が呟く。 「んー・・・」 眠っていたロウが目覚めたらしく、何度か瞬きをし、その目をこすった。 「・・・がい・・・?」 「ああ、起きたか?」 「一応・・・」 そう言っているが、ロウの意識は完全に覚醒していない。 低血圧ではないがロウは朝に弱く、完全に目覚めるのに時間が掛かる。そんな時に見せる子どものような無防備な、必死に意識を覚醒させようとする行動に、劾は愛おしさを感じた。 大人ぶっていても子どもじみた一面があり、しかし、ひたすら真っ直ぐで、自分に無いものを持っているロウ。 大切にしたいと思いつつも、無茶苦茶にしたいという葛藤。 常に劾の心の中で渦巻いていると知ったら、ロウはどう思うのだろうか? 自問自答したところで、答えが出てくるはずなど無い。 「劾・・・?」 軽く上体を起こし、ロウが劾の頬に触れる。 「どうかしたのか?」 「何かさ・・・辛そうな顔してるから・・・」 「いや、心配するな、何でもない」 「そうか?」 普段のロウは鈍いのに、こういう時は、敏感に劾の心を感じとる。 自分の汚い心をロウに知られたくない。 だから、劾は本能を理性で押さえ込んだ。 「それより、今日はどうする?」 「え、あ。そうだな・・・」 布団を被ったまま考えるロウの頬に、劾は軽く口付けた。 「っ・・・劾っ・・・!?」 ロウの顔が真っ赤に染まる。 慌てて反論しようとするが、劾はそれを抑えこむかのようにロウを抱きしめた。 「おはよう、ロウ」 そして、耳元で囁く。 こうすれば、どんな反応を返すのか、劾は分かりきっていた。 「お、おう・・・おはよう・・・」 真っ赤になり、どもりながらも、きちんと挨拶を返してくれる。 二人の朝は、ようやく始まりを告げた。 END |