5.サイズの違う服



 夏真っ盛りの7月は、学生からしてみれば、天国であり地獄である。夏の長期休みがあるが、その前の学期末のテストが行われ、成績によっては貴重な休みを潰す事になる。また、セミナーやサークルによっては、夏休みいっぱい何かしら行う事もある。
 そんなある日、5時限目の授業が終わったロウ達は、所属するセミナーの担当教授の研究室に向かっていた。
 セミナーとは大学の授業の一環であり、少数の学生が各セミナーの教授の指導を受け、実験や論文など研究をし、最終的には報告をする、というものだ。学部によってセミナーの研究などは違うが、同じ学部なら似たような研究や製作がある。高度経済成長における工業の発展といった真面目なセミナーもあれば、学生の自主性を尊重し、好き勝手製作をさせているセミナーもある。
 ロウの所属するセミナーは後者であり、高校時代からの付き合いがある山吹樹里やリーアム・ガーフィールドも同じセミナーだ。
 彼らが研究室にやってきた時には、先輩達は既に研究室におり、設置されているソファーやテーブル、窓枠に腰掛けていた。
「遅れて申し訳ありません」
 リーアムが遅刻をわびると、別にいいよ、と簡単に許してくれた。
 席につくよう促され、空いているソファーに座った。


「じゃあ、全員揃ったところで、学祭についての話し合いを始めるぞ」


 座っている全員が見渡せる位置に大き目の移動式ホワイトボードとおき、シグ・インファスト(4年/男)が邪魔にならないよう配慮しながら、話し合いを始める宣言をした。その横では、サリッサ・ファランクス(4年/女)が、マジックで「学祭について」と丁寧な字で書き始めた。シグはこのセミナーの中心的存在で、後輩からは『リーダー』と呼ばれている。
 10月のおわりは、学校祭が行われる。今回はそのための出し物についての話し合いだ。
「何処のセミナーも飲食関係が多いよねー」
「ま、それが一番無難だからな」
 ホワイトボードの正面からずれたソファーに座っているカズキ・ユーティリティ(3年/女)にランド・S・アゲート(3年/男)が話しかける。
 そして、カズキは右も左も分からないであろうロウ達1年生に、大学全部のセミナーのうち、4分の1は学校祭に不参加であり、4分の1がバザーや展示会、残りが飲食関係で、敷地内で屋台を、学内で喫茶店をやり、セミナーごとに伝統の出し物があったり、なかったり・・・など、分かりやすく説明した。
 もちろん、セミナーだけでなく、サークルや学部全体で展示会をする場合もある。工学部では3年生全員協力してが何台かのエコロジーカーを作り、交代で客を乗せたりするという。
「ちなみに、去年はどんな事やったんですか?」
 樹里がカズキの服の襟を引っ張りながら、小声で問いかける。見れば、カズキと1年生を除く全員が、熱く討論を繰り広げていた。
「あ、オレもそれは気になる」
「私もです」
 自分の傍によってくる1年生を見て、もっとちゃんと説明しなよ、リーダー。と思いながら、再び説明を開始した。

「去年はソフトドリンクバーみたいな事をやったよ。飲み物を売ってるところは多いけど、その大半がジュースだから、コーヒーとかが無いんだ。そこに目をつけて、喫茶店にあるような飲み物をそろえたんだ」
 テントは実行委員会が業者からまとめて借り入れ、氷を入れるクーラーボックスを各自で持ち寄り、テーブルや椅子は各教室にあるものが使えたため、難なくドリンクバーが行えたのだ。
「直前までメロンソーダの作り方がわからなかったから、スプライトに青●号とかっていう着色料入れて、無理矢理緑色にしたんだよ。試しに飲んだら、
舌が緑色に染まってね、学校祭前日にようやくちゃんとした作り方がわかって、事なきを得たんだ」
 いやー、びっくりしたねぇ。
 と笑っているカズキを見て、
1年生全員は唖然としたのは、言うまでも無い。ソーダ水にカキ氷のメロンシロップを入れるのが、メロンソーダの作り方らしい。

「ちなみに、全員コスプレするのが決まりだからな」

 と、何処から話を聞いていたのか、エリオット・カーボン(4年/男)が話に口を挟んできた。
 話を聞くと、このセミナーでは、毎年やる事は違うが、コスプレをする事が伝統になっている。
 研究室の本棚の一角に置かれている『セミナー記録』と書かれたファイルを持ってきて、中身を見せてくれた。ファイルの前半は学校祭で必要な備品や調理法が記された紙がファイリングされており、後半は写真が貼り付けられていた。準備風景を撮った写真もあれば、当日の風景もある。
 そして、そこには確かに、伝統であるコスプレ写真があった。何処かの学校の制服や、調達場所が不明な特撮ヒーローなどの着ぐるみ、果てには、アニメやゲームキャラの格好をした者が写っていた。

「去年は凄かったよねー」
「そうそう、休む暇なかったもん」
「ついでにな、1年。去年はファンクラブも出来たんだぜ」
 先輩たちの言葉に、ロウ達は疑問符を浮かべる。
 それ解消すべく、ゴシック調の軍服を着た男性と巫女服を着た女性の写真を指差した。髪や目の色、顔立ちを見てロウが呟く。
「まさか・・・」
「そのまさか、だぞ」
 ロウはゆっくりとカズキたちを写真を何度も見比べる。
 そう、ゴシック調の軍服を着た男性はカズキであり、巫女服を着た女性は猿渡タスク(3年/男)であったのだ。
二人ともどこか遠いところを見ている。
「カズキは女性に、タスクは男にうけてね、追っかけが凄かったんだよ」
 同性にもてるのは、嬉しいのか、嬉しくないのか・・・
多分、嬉しくない
 何となく、カズキとタスクが不憫でならないと感じたロウだった。ちなみに、カズキとタスクはセミナーの
『苦労人コンビ』というありがたくない別称がついていることを、此処に記載しておこう。


 そして話し合いの結果、去年と同じくドリンクバーをやる事になった。
 去年はドリンクだけだったが、今年はアイスを用意して、フロートも販売するらしい。

「1年は早めに衣装用意しておけよ」

 とご丁寧に釘まで刺された。
 話し合いが終わると、各自帰宅。



 途中まで同じ道のロウとカズキは一緒に帰ることになった。カズキはバイク通学であるため、徒歩のロウに合わせてバイクを押している。
「コスプレってどんな格好すればいいんだ?」
「過激じゃなければ基本的に何でもありよ。ただ、警官とか消防士の格好は禁止だから、そういう格好する場合はきちんと改良しないと駄目だけどね」
「何で?」
「やっぱり、勘違いする人がいるからじゃない?もう卒業した先輩で、海上保安官の格好した人がいたの。背中に『海上保安庁』ってロゴが入っているらしいけど『A大工学部』ってロゴにしてたくらいだし」
 コスプレするのも、色々大変らしい。
「コスプレっつっても、思いつかないけどなー」
 普通の人間だったら、コスプレをする機会がない。いきなり『コスプレをしろ』といわれても困る
「じゃあ、叢雲さんの仕事服借りれば?使ってない服とかあるんじゃないの?」
「いいのか、それでも」
「面白ければ何でもアリなのが、ウチのセミナーだからね」
 そんなんでいいのか。
「でも、自分で用意出来るんだったら、用意した方が良いよ。でないと、去年の私みたいになるから」
「去年の格好って、どうしたんだ?」
「あれはね、オリビア先輩が『似合いそうだから』って貸しくれたの・・・」
 再び去年の惨劇(?)を思い出したのか、カズキは遠い目をしている。
「私みたいになりたくなかったら、自分で用意しなさいね」
 そんな会話をしつつ、途中の道で二人は別れた。


  * * *


「と、言うわけで仕事服貸してくれ」
 珍しく通常の時間で帰宅した劾に向かってロウが言った。
「別に構わないが・・・」
 そう返事をしたものの、劾は内心不満だらけだった。
 自分の恋人であるロウが、自分以外の前で無謀な格好をさらすことなるのだから(何か、違くないですか?/by天の声)。
 出来るなら避けたい。
 だが、ここで服を貸さなかったら、ロウの先輩であるカズキのようになるかもしれない。それも避けたい。
 そうなると、自分の仕事服を貸すしかない。
 仕方なく、劾はクローゼットを開け、予備の服を取り出した。予備の服といっても、夏服は会社のロッカーにおいてあるため、クローゼットにあるのは、冬用の長袖だ。
「じゃあ、着替えてみるな!」
 嬉しそうにロウは別室で着換え始めた。
 劾はコーヒーを入れて、一息つく頃には、ロウは着替えを終えていた。
「劾、どうだ」
 劾の目の前で両手を広げたロウは、とても嬉しそうである。

「・・・・・・・・・」

 似合うとか、似合わないとか、そう云った事はどうでもよく、どちらかというと、サイズに問題がある、と劾は思った。
 ロウは172cm、劾は181cm。その身長差は9cmである。たかが9cm・・・というかもしれないが、9センチの身長差は大きく、それが服となればなおさらだ。
「おーい」
 劾の顔の前で手をヒラヒラさせるが、彼の反応は無い。
「劾ー?」
 すると、手首をガシッと掴まれ、劾の方へ引き寄せられた。
「っん〜〜っっ!!」
 突然の口付けに、ロウは文句を言おうとしたが、しっかりと口を塞がれているため無駄に終わった。
「何すんだよ・・・!」
「さあな」
 普段身に着けているサングラスを外した劾をみて、ロウは、ある思考にいたる。
「まさか・・・」
「そのまさか、だ」
 そのままロウをソファーに押し倒した劾は、その首筋に顔を埋めた。
 夜は、始まったばかり。


 * * *


 明けて翌日。
 1時限目の無かったカズキが2時限目に間に合うよう大学に登校してくると、その足で図書室に向かった。
 図書室には調べ物をしたり、課題をこなしている学生がいる。そんな中、机に突っ伏してぐったりとしている後輩をカズキは見つけた。
「おはよう。ロウ、どうしたの?」
「はよー・・・いやな、劾に服借りたんだけど・・・」
「借りたんだけど?」
 うーん、何となく嫌な予感がするなー。
「・・・」
「・・・やられたのね?」
「・・・おう・・・」

 叢雲さん、せめて、大学ある時くらいは手加減してくださいよ。

 カズキは現在仕事中であろう後輩の保護者兼恋人に、心の中で盛大に突っ込みを入れた。


 結局、学校祭でのロウの格好は、タスクがツテを使って用意しくれた着ぐるみだった。
 その格好を見た劾が、それもありだな、と思ったのは、本人しか知らない。



  END



後書き。
 前半はやたらと学校(オリキャラ達)の話で、劾ロウを求めている方にはつまらなかったと思います。申し訳ありません。
 でも、書いている本人はとても楽しかったです。
 ちなみに作中でカズキが言った「メロンソーダの作り方が〜」というのは、実際にあったことで、実兄の友人・Mさんから聞きました。ここでは直前で分かった、と書いてありますが、Mさん達は学祭が終わるまでずっとこの方法をとっていて、苦情が来たそうですw

セミナー名簿

 セミナーの特徴
  基本的に学生の自主性を尊重。
  楽しい事は率先してやる。
  変人の集まり。

 担当
  プロフェッサー
 4年
  シグ・インファスト(男)
  サリッサ・ファランクス(女)
  ピルム・ムルス(男)
  エリオット・カーボン(男)
  オリビア・ジェダイド(女)
 3年
  カズキ・ユーティリティ(女)
  猿渡タスク(男)
  バイオネット・ビヨーネ(女)
  レイド・シソーラス(男)
  リョースケ・イチジョウ(男)
  ランド・S・アゲート(男)
  エンジェ・ミナモト(女)
 2年
  イオ・メティス(女)
  ロード・クロサイト(男)
  ハーケン・ビュクゼ(男)
  セルティス・エトーリアン(女)
 1年
  ロウ・ギュール(男)
  山吹樹里(女)
  リーアム・ガーフィールド(男)
  ソウゴ・バッシュ(男)
  アイビー・ゼラニウム(女)
  サイネリアン・ホワイト(女)
  ニーム・ネザーガン(男)