きず【傷・×疵・×瑕】 1.切る、打つ、突くなどして、皮膚や筋肉が裂けたり破れたりした部分。「深い―を負う」 2.物の表面の裂け目や、欠けたりした部分。「レンズに―がつく」 3.人の行為・性質・容貌(ようぼう)などや物事の不完全な部分。好ましくない点。欠点。「怒りやすいのが玉に―」 4.不名誉なこと。恥ずべきこと。汚点。「経歴に―がつく」 5.心などに受けた痛手。「失恋の―をいやす」 大辞泉より抜粋 6.傷 ―ロウサイド― 4時限目の講義が終わった後、ロウ・ギュールとカズキ・ユーティリティは、大学近くのショッピングモールにあるカフェのチェーン店『ジェネシスα』にいた。ロウがカズキに相談事をする際に、利用する事が多い。 それぞれ頼んだ物を手に持って、フードコートに向かった。フードコートには、ファーストフードが軒を連ねており大勢の人が利用するため、人に聴かれたくない事を話す時、大いに役立つからだ。 「で、今回の相談は何?」 窓際の席に座ると、カズキはロウに問いかけた。 すると、ロウはカズキの前に自分の手を差し出した。 「オレの爪ってさ、長い?」 カズキから見たロウの爪は、白い部分は2〜3ミリ程度しかなく、一般的な『長い爪』には当てはまらない。 「そんなでも無いと思うけどね」 というカズキの爪は、自分とさほど変わらない長さだが、綺麗に整えられている。 「何で急に?」 「あー・・・」 話しにくい事らしく、ロウは少々身を屈めた。カズキもそれにあわせて身を屈める。 「実はよー・・・」 ロウの話はこうだ。 昨晩、何気なく風呂上りの同居人兼恋人の叢雲劾の背中を見たという。 彼の背中には、無数の小さな傷があったのだ。 そこはロウが性行為で劾に抱きついた時に爪を立てる場所。 普段はまったく人目に着かない場所だが、自分がつけた傷となると、妙に気にしてしまう。 なので、自分の爪は長いのかどうか、カズキに聞いたわけだ。 「・・・」 その話を聞き終えたカズキは、何とも微妙な表情になった。 カズキは、ロウと劾の関係を知る数少ない理解者だ。 彼女自身は、同性愛が異常だと考えていない。故に、二人が性行為をしていたとしても、何の感情も抱いていないのだが、今回の話を聞く限りでは、ロウが惚気ているとしか思えて仕方ないのだ。 それでも相談された手前、自分が持っている知識を総動員させて回答した。 「・・・まあ、男女間の性行為でも、男を受け入れた女に掛かる負担は大きいから、体位によっては相手の身体を傷つける事があるみたいね。受け入れる機能がある女でも掛かる負担が大きいなら、受け入れる機能のない男にもっと負担が掛かるのは、当たり前かもね」 カズキの言葉に、ロウは固まった。 自分が戸惑って事を、簡単、かつ、正論っぽく言われてしまい、ロウ自身、どんなリアクションをして良いのか、分からないのだ。 無論、カズキはノーマルだが今の今までまったく恋人がいないため、そういった知識は人から聞いたり、図書室で調べたりしていたものなのだが。 それはともかく。 「叢雲さんを傷つけたくないなら、別の体位でやればよいんじゃないの?」 さらりと言ってのけるカズキに、ロウは力なく首を横に振った。 「劾が、どうしてもあの体位が言っていうんだよ」 オレの顔が見えるからって。 「う〜ん・・・難しいわね・・・」 ロウの言葉に呆れつつも、カズキは解決策を考え始めた。 「じゃあ、視点を変えてみたらどうかしら?」 「視点を?」 「ええ。あの傷がついているって事は、叢雲さんはロウのものだっていう証みたいなものでしょう?そういう風に考えれば良いんじゃないの?」 「あー、確かに」 言われてみればそうだ。 同性のロウから見ても劾は魅力的だ。だから、異性からすれば、もっと魅力的に見えるはずだ。 いくら劾が自分しか愛していないとしても、相手が無理に迫った場合、切り札として使えるだろう。 劾が何故自分の身体にキスマークをつけたがるのか、何となく理解できたロウだった。 ―劾サイド― 『傷は男の勲章』って言うけど、実際のところ、どうなんだろうか。 朝、いつも通り出勤し、ロッカールームで私服から制服へ着替えているセキュリティ開発部門のフラッグ・インクルージョンは、そんな事を考えていた。 誰かを守って受けた傷なら勲章だろうが、己の力が足りずに負った傷なら勲章ではない。 ならば、それ以外だったら? (わっかんねーな) 一昔前の技術者ならが、傷を負う事が多かっただろうが、コンピュータの発達した現代では、製造業以外の職種で怪我を負う技術者は少なくなったのが現状だ。 などと考え事をしていると、ロッカールームの扉が開いた。 「あ、おはよー、劾」 「ああ」 入ってきたのは、同僚の叢雲劾だった。 フラッグも劾も朝礼が始まる30分前には出社している。あまり遅すぎると、むさ苦しい空間で着替えなければならず、二人はそれに合わないように心がけているのだ。 支給された制服のブレザーではなく、セキュリティ開発部門の支給した作業着の上着をフラッグは羽織った。 これで彼の着替えは終わり、さっさと自分の所属する部署へ行くとした。 しかし、何気なく劾を見たフラッグは呆れながら言った。 「まーた、派手にやったなぁ」 「そうか?」 「そうだよ」 事も無げに劾は言う。 防犯機器の開発に携わりいつも社内で作業しているフラッグと違い、最前線である警備部門で活動している劾の体躯は『逞しい』という表現が似合う。 問題は、劾の背中だった。 彼の背中には、無数の小さな傷があるのだ。 その傷が何故ついたのかフラッグは知っているため、どうしたものか、と考えていた。 彼と同居している大学生、ロウ・ギュールは、劾と恋人であり、合意の下でセックスをしているという。 現在フラッグは恋人はいないが、同僚や友人からセックスに関する話を聞くことが多い。 それによれば、男を受け入れた女性に掛かる負担は大きく、体位によっては相手の身体を傷つける事があるのだと言う。 受け入れる機能がある女性でも掛かる負担が大きいのならば、受け入れる機能のない男にはもっと負担が掛かる。 そんな事、フラッグにはまったく関係ないのだが。 「つーかさ、この間よりも酷くなってないか?」 見れば、新しい傷や治りかけている傷が開きかけている。 「ああ、昨日、いつもと違う体位だったからか、思い切り爪を立てられたんだ」 その言葉を聞いたフラッグは、呆れたような諦めたような表情で劾を見た。 「おまえ・・・何やってんだよ・・・」 「聞きたいか?」 「聞きたかねーよ!」 そんな台詞を吐き捨てたフラッグは、さっさとロッカールームを出ていった。 フラッグ自身、己が『変人』である事を理解している。 しかし、劾はもっと上の、別の種類の『変人』だと、フラッグは改めて勝手に解釈した。 『恋は人を変える』という言葉があるが、劾の場合変わりすぎだ。 此処まで変わった(狂った)人間は、見た事がない。 『傷は男の勲章』って言うけど、実際のところ、どうなんだろうね? 改めて『傷』について考えるフラッグだった。 END |
後書き
今回は珍しく、ロウと劾、別の視点で物語を展開させてみました。
ロウサイドのカズキはさほど出張っていませんが、劾サイドのオリキャラ・フラッグがでばっちゃいました。
どうしても『傷』に関することを書きたかったのですが、ウチ(Happu
Day)の劾はロウの事となると壊れます。でも、今回の作品は、あんまり壊さなかったなぁって思う作品でした。
今度は頑張って、劾を壊したいと思います!(壊すな)