あいつは大人で、俺は子供。

どんなに足掻いたって、その差は埋められない。


 13.大人の階段


ジャンク屋組合はマルキオ導師から、『ギガフロート』の建設依頼を受けた。
このギガフロートはザフト・連合国にも使わせない、中立地帯のようなものだ―――表向きは。しかし、実際は連合国が人のよいマルキオ導師をだまし、作らせているものなのだ。
そうとは知らないジャンク屋組合員達は、依頼を即急に終わらせるべく、物資の運搬などにおわれていた。
無論、無事に済むとは思っていない。
このギガフロートを狙っている組織(軍)があり、傭兵部隊であるサーペントテールがその護衛に当たっている。
サーペントテールの劾とジャンク屋のロウは恋人同士であるが、互いの仕事が忙しいため、中々逢えずにいた。


自分の請け負っている作業が一段楽したロウは、邪魔にならず、ギガフロート全体が見渡せる場所で休憩していた。
あ、と小さく声を上げ、夕闇に輝く青の機体―――ブルーフレームの姿を確認する。
流石は一流の傭兵、その動きに無駄など無く、ロウはつい見惚れていた。
「寂しそうだな、ロウ」
「カズキ」
そんなロウに話しかけたのは、同じジャンク屋組合のカズキ・ユーティリティだった。カズキはジャンク屋組合内でも珍しい、女性の技術者だった(ほとんどの女性が情報収集など後方支援的なことをやっている)。また、ロウとカズキは年が近いということもあって、他の組合員よりも仲がよいのだ。
「お前も休憩か?」
「私の作業もひと段落したからね」
カズキは持っていた紙コップを、ロウに渡した。
それを受け取ったロウは、礼を言った。
「寂しそうって、何で思ったんだよ?」
「いやね、休憩時間とロウって、すっごく寂しそうな表情してるから気になっただけ」
「寂しそうな表情って・・・してるか?」
「・・・自覚なし?」
ヤレヤレとカズキは肩をすくめた。
「少なくとも私が見ている限りではね。何か作業しているしている時はともかく、こうやって休憩している時は、寂しそうだよ?」
何か気がかりな事でもあるの?
言われ、痛いところをつかれた、とロウは思った。
原因など、とっくに分かりきっている。

―――劾に、逢えないから・・・。

実際に作業している時は、夢中になっているため劾に逢えない寂しさを紛らわせる事が出来た。
しかし、休憩時間などは気が紛れる事がないため、どうしても『寂しい』と感じてしまうのだ。

―――こんなに近くにいるのに。

同じ場所にいるのに。

―――見つめているだけ。

逢えない。
何気なくため息を吐くロウの姿を見たカズキは、

「もしかしてさ―――逢いたい人がいるの?」

と言ってきた。
「な・・・!?」
ロウは顔を真っ赤にして、カズキを睨みつける。
・・・当たりか。
このロウ・ギュールという人物は、感情が顔に表れやすい事を、カズキは知っている。
ジャンク屋が組合として成り立つ前から、ジャンク収集時にロウとカズキは顔をあわせていた。その度に、お互いの技術などについて話をしていたため、リーアムや樹里など、自分のメンバーよりも、お互いの事を理解しているのだ。
「逢いたいなら、逢えばよいじゃないか」
「おま・・・簡単に言うなよ・・・」
人事だと思って。
人事じゃん。
・・・。
「無理しない方が良いと思うけどね」
カズキの言葉が、ロウに心に深き突き刺さった。
カズキさーん、と遠くの方から、カズキを呼ぶ声が聞こえた。
「トラブルでも起きたかな」
カズキは立ち上がり、自分を呼ぶ声のほうへ足を向けた。
「じゃあ、また」
「ああ」
カズキはロウより2歳年上、つまり20歳だ。2歳しか差が無い。しかし、その『2歳』という差は、ロウからすれば大きく感じた。だから、8歳年上の劾とでは、その差がカズキ以上に大きく感じられる。
劾にしろ、カズキにしろ、自分より『大人』である事は、否めないのだ。

カズキが去った後、ロウは再びブルーフレームの姿を確認しようとした。
しかし、青の機体はどこにも見えない。
海に潜ったのだろうか?
ブルーフレームは、水中でも戦闘がしやすいスケイルシステムを使用しており、海に潜む敵から幾度と無くギガフロートを守ってくれた。


「ロウ」

声をかけられ、ロウは振り返りその姿を確認する。
「劾・・・!」
そこには、本来ブルーフレームでギガフロートの護衛に当たっているサーペントテールのリーダー・叢雲劾がいた。
「仕事の方は良いのか?」
「イライジャに任せてきたから、しばらくの間休憩だ」
「そうか」
劾はロウの隣に腰を下ろした。
「・・・」
「・・・」
お互い何も喋らない。
本当は、話したい事はたくさんあるし、抱きついて、その体温を感じたかった。しかし、長い間逢わないと気恥ずかしく、どうして良いのか分からなくなる。

―――こんな時・・・。

こんな時、社交性のあるリーアムや常にニュースをチェックしているカズキなら、話題をみつけらるだろうが、ロウは仕事以外の話題を思いつかなかった。
何も喋らないため、その事が、劾との距離を大きく感じさせられる。
「そんな泣きそうな顔をするな」
否、本当は泣いてしまいたかった。
涙を流さぬようこらえていたが、一筋の涙を流した事によって、せきとどめていた涙が次々に溢れ出してきた。
「ロウ・・・泣くな」
「な、泣いてなんか・・・!」
劾はロウを抱きしめる。何時も以上に力を込め、自分の存在をロウに感じさせようとしていた。
抱きしめられ、優しく口付けをされる。
その劾の優しさが、逆にロウを余計泣かせる結果となった。
「ロウ・・・」
何がそんなにお前を不安にさせるんだ?
ロウは何も応えない。彼の口から洩れるのは、嗚咽だけだった。
「ロウ」
泣くな。泣かないでくれ。
「・・・劾・・・」

不安なんだ。

俺は子どもで、アンタは大人だ。

どんなに足掻いても、その差は埋められない。

早く大人になりたい。

大人になって、劾と対等の立場に立ちたい。

「ロウ・・・」

お前は無理をしないでくれ。

お前が無理をして傷つく姿を、俺は見たくない。

お前はお前のままでいてくれ。

お前が子どもだろうが、大人だろうが、俺が愛してるのは、ロウ・ギュールという人間なんだ。

その優しさは、時に残酷なものでしかない。

早く大人になりたい。

ロウは小さく呟いた。
その呟きは、劾にしか聞こえない。

「そうか・・・なら」
劾の瞳が怪しく光る。
「―――その要望に応えるとしよう」
「へ?」
それはつまり。
「大人にしてやるという事だ」
「!」
あからさまな台詞を吐かれ、ロウはカズキに指摘された時以上に顔を赤く染め上げた。
「冗談だろう・・・!?」
「俺が冗談というと思うか?」
「・・・思わない」
「なら話は早い」
劾はロウの腕を掴み、ズルズルと引っ張って行く。
「どこに行く気だ!?」
「気にするな」
「気にするっての!」


ロウは大人になったのか。それは、神のみぞ知る・・・。


  END



後書き
 年齢差に悩むロウでした(相変わらずオリキャラの出番が多いな)。
 ロウの年齢(18)を現代になおすと高校生。遊びたい盛りの子ども。
 劾の年齢(26)を現代になおすと社会人。働き時のお兄さん。
 8歳の差って、かなり大きいと思います。
2006/6/1