35.本気になったが最後


前田慶次の義姉であるまつとその夫・利家が究極の食材探しの旅から戻ってきた。
待たされた時間と義姉達の苦労もあってか、その日の食事はとても美味なものだった。
食後の茶を利家と共にすすっていると、利家は今回のたびで色んな人間に出会ったと嬉しそうに話した(尤も、そのほとんどがまつ絡みだが)。

「で、誰が一番強かったんだ?」
そんな質問をすると、利家は嬉しそう答えた。
「誰も彼も強かったが、一番は奥州の伊達殿だ。さすが奥州を率いる事が出来る力量の持ち主だ!!」
「ふ〜ん、伊達ね・・・」
風の噂で聞いた事がある。

『独眼竜』の通り名を持つ、伊達政宗。

戦場に舞い降りた、蒼い稲妻とも称される人物。

六本の刀を振るうその鮮やかな姿に、誰も彼も魅せられるという。

そういえば、と慶次は思い出す。
上田城で戦った真田幸村も、正宗の事を漏らしていたのだ。
良いライバルが出来た、と幸村は喜んでいたが、慶次から見たその瞳は、ライバルを見る瞳ではなく、どちらかというと、『恋』という感情を含んだ瞳だ。
この前田利家とあの真田幸村が絶賛する人物―――奥州筆頭、伊達政宗。
興味がわいた事は確かだ。

「ちょっと出てくるわ」

立ち上がり、朱槍を持つと、横で果物を食べていた夢吉が慶次の肩に登る。
「慶次、何処に行くんだ?」
利家が問うと、慶次は軽く笑った。
「奥州」

 * * * 

そして、慶次はのんびりと旅をしながら奥州の青葉城にやってきた。
門のところには門番らしき兵士達がいる。
「すみませーん」
「何か?」
兵士達とは違う、着物姿の男が慶次に近づく。
「俺、前田利家の身内の慶次って人間だけど、伊達政宗殿はいるか?」
利家の名前を聞いた男は、ああ、この間の。と漏らした。
「こちらへどうぞ」
警戒されると思ったが、あっさり通してくれた。


慶次は男に案内されるまま、ある部屋の前にやってきた。
閉められた障子越しに声をかける。
「殿、前田慶次殿がお見えです」
「前田慶次?誰だ、そいつは?」
「以前いらした、前田利家殿の身内だそうです」
「利家のか・・・OK、入ってきな」
許可を得ると、男が障子を開いた。
部屋にいたのは、濃紺の着物と纏い、眼帯をした人物――― 一目で、伊達政宗と分かった。
「アンタが、前田慶次か?」
「ああ」
正宗は座るよう慶次に促す。
「綱元、茶を用意してくれ」
「は」
綱元は頭を下げると、何処かへ行ってしまった。おそらく、主に頼まれた茶の用意でもするのだろう。
「で、何の用だ?」
部下がいなくなった政宗は、それまできちっと正座をしていた足を崩し、胡坐をかく。
「ああ。利家と幸村が噂する人物がどんな奴が知りたくてね」
「そのために此処まで来たのか?」
「何か問題でもあるか?」
「いや・・・暇人だな、お前」
「まあな」
にっと慶次は軽く笑う。
そのうち、綱元が茶と菓子、夢吉用の果物を持ってきた。
そのまま互いの話をしていると何故だか面白いように話が合う。夢吉もすっかり政宗に懐いていた。

 * * *

で。
一ヶ月ほど青葉城で滞在していると、利家とまつがやってきた。
「慶次、いくらなんでも伊達殿に失礼だろう」
流石に一ヶ月も滞在しているのは、利家達から見れば図々しいらしい。
「さあ、帰りますよ」
抱えきれないほど野菜を持った利家とまつに促され、慶次は渋々青葉城を後にする事になった。
だが、政宗に挨拶くらいさせて欲しいと頼み、仕事中の政宗のもとを訪れた。

「何だ、帰っちまうのか」
「まつ姉ちゃんが迎えに来たしな」
自分が唯一逆らえない人物が来たのだから、帰らざるえない。
「また来るよ。うまい酒でももってな」
「そうしてくれ」

「あ、そうそう」
「?」


「俺、政宗の事、好きになったから」


「笑えねぇjokeだな」
慶次の言葉を聞いた政宗は顔をしかめた。
「あ、信じてないな」
「男から告白されたんだ、信じられるわけねぇだろう?You see?」
男から、出なくとも、政宗は慶次の告白を信じないだろう。
そんな政宗の態度を見た慶次は、それまで浮かべていた笑みを消して、政宗を見る。

「―――だったら俺の本気、見せてやろうか?」

「は?」

政宗が反応するよりも早く、


ちゅっ


音と立てて、政宗の唇に己の唇を押しあてた。
押し当てただけ、立ったが、政宗には永遠のように感じた。
「俺の本気、分かってくれたか?」
真剣な面持ちの慶次を見て、政宗は思わず頷きかけてしまった。

「本気になったから、政宗の事、全力で落とすぜ」

真剣な声で耳元で囁かれ、政宗の身体が強張った。



「殿、どうさなされました?殿?」
小十郎が声をかけるまで、真っ赤な顔をした政宗はその場に突っ立っていた。

 END



後書き
 突発BASARA小説、慶政でした。
 政宗はこういう事に慣れてなさそう。
 慶次の押しの一手にタジタジになった政宗を今後書いてみたいです。