逃げ惑う人々。

助けを求める叫び。

黒煙の空。

紅い、赤い、あかい・・・

・・・モ ウ 忘 レ タ ト 思 ッ タ ノ ニ・・・



 16.鼓動 



太公望の顔色が優れない。
そう思ったのは、黄天化だった。
兄弟の多い家庭で育った天化は、他人の健康や気持ちに敏感で、今回の太公望の顔色に気づいたのも、彼が最初だった。他に気づいているのは、楊センと天祥、竜吉公主くらいだ。
楊センや天祥は何度も太公望に休むよう言っているが、太公望は

「僕よりも大変な思いをしている人がたくさんいます。その人たちを一刻も早く助けないと」

と言ってきかないのだ。
誰よりも優しく生真面目な性格、故に、なんでも一人で背負い、誰にも己をさらけ出そうとしない。
天化はそれが気に食わなかった。


夜、天化は太公望の天幕を訪れた。
見張りの人間以外は既に眠りについている時間だ。それなのに、太公望の天幕だけは、小さな明かりが灯っているのだ。
「どうかしたの?」
いつものような笑顔で、太公望は天化を出迎える。
薄暗く小さな灯りのみ。
天化は太公望の頬に手を添えた。

ずいぶん痩せたな・・・。

最初に出会ったときから、この青年はほっそりしていると思った。しかし、今はそれ以上にほっそりしていて、このままでは倒れるんじゃないか、と心配してしまう。
いや、それ以上に、彼の纏う雰囲気は、今にも消えてしまいそうな、儚げなものだ。
「天化?」
太公望はそんな天化の心情など知らず、彼をじっと見つめた。
美しい紫色の双眸で見つめられ、天化は正直戸惑った。今まで、彼をこんな風に正面から見た事無ければ、見つめられた事も無いからだ。
しかし、天化はその双眸から、己を逸らそうとは思わなかった―――自分しか、彼の傍にいないことを、感じられるから。
「―――太公望、お前、ちゃんと寝てるのか?」
「あ、まあ・・・一応ね・・・」

どうも歯切れが悪い。

―――俺に言えない事なのか?

「その・・・無理、するなよ」
「分かってるよ」
太公望はそういうが、彼の『分かっている』は、当てにならなず、こういう時は、無理矢理どうにかしなければならない。
天化は太公望を抱えあげ、そのまま寝床まで連れて行く。
「て、天化?」
戸惑う声が、直ぐ傍から聞こえてきた。
布団に太公望をおろし、掛け布団をかける。
「あんたはもう寝ろ」
「僕はまだ・・・」
「いいから寝てろ!」
強い口調で言うと、太公望は大人しくそれに従った。
天化は考える。
何が、彼をこんなにも痛めつけるのだろう、と。

紂王が、彼の一族を滅ぼした事は知っている。

その紂王を、妲己が操っている事も知っている。

そして、ソレと同時に封神計画が実行され、その責任者になっていることも知っている。

それ以外に、何の原因があるというのか。

どんな些細な事でも良い―――頼って欲しいと思った。



天化は、何も聞かない。
その沈黙が、太公望は嫌いではなかった。彼との間に、このような沈黙があっても、今まで、それが居心地が悪いと感じたことなどないからだ。
師である元始天尊から『封神計画』の責任者に任命され、崎の見えない道を、がむしゃらに突っ走っている時―――どんな戦いの時でも、天化は傍にいてくれた。
その優しさが―――嬉しくて、痛かった。
彼の優しさは、大勢いる仲間のうちに一人である自分に向けられており、自分だけに向けられているわけではない。
だから、頼ろうとは思わなかった。

でも―――・・・。


閉じられた紫色の双眸から、一筋の涙が零れ落ちた。

「―――太公望?」

声をかけられ、驚いた太公望は起き上がり、天化の方を向いた。
「泣いているのか?」
「え・・・?」
どうやら、知らないうちに泣いてしまったようだ。
天化は何も言わず、太公望を抱きしめた。
「て・・・!」
「黙ってろ」

トクン・・・トクン・・・トクン・・・

トン・・・トン・・・トン・・・

天化は自分の鼓動にあわせて、太公望の背中を軽く叩いた。
「―――俺を、頼ってくれ」
「てんか・・・?」
「お前なら辛い時八つ当たりしたって構わないし、泣きたい時は無き場所くらい提供してやる」

―――だから。

「頼ってくれ・・・頼むから・・・」

「て・・・んか・・・」

―――ごめんね。

泣きたいのは自分のほうなのに、彼の方が辛そうだった。

どうか、今だけは、彼に安らぎを・・・。

天化は太公望の鼓動を聞き、太公望は天化の鼓動を聞いて、愛しい人の鼓動を感じながら、深い眠りについた。


 END




後書き
4コマを呼んでゲームをやったら、書きたくなりました。
コーエー版封神は天化やたらと老けています。太公望はとても可愛いです。
2006/6/5