『欲しい』と思った。 どうしようもない程欲しいと思う 「香澄」 業は目の前で読書に勤しむ幼馴染の名を呼ぶ。 「何だ」 香澄は本から視線を逸らさずに答えた。 現在、遠誠高校の図書室には、香澄と業しかおらず、香澄はマイペースに読書に勤しみ、業は机にへばりついていた。 夏樹は進路に関する個人面談、レイと紅は同じ道場で合気道を学んでいるのでその親善試合に、 和奈は仕事で海外にいる両親が久々に帰ってくるのでその迎えに、 燎姉弟は病院に、白夜は県のサッカーチームでU-18の練習日、浬と天梨は病欠、司書の先生は所用で職員室に行っていた。 パラ・・・パラ・・・ ページの捲れる音が小さく響く。 香澄は入ったばかりの某ファンタジー物語を読んでいた。 読書に熱中すると、自分の声が聞こえなくなる事くらい、業は長年の経験から理解していた。 香澄は一つの事にのめり込むと、終わるまでその他の反応を示さない。 何事も真剣に、責任感を持って取り組むからだ。 だからといって、業が視線をよこされない事に腹を立てた事はない。 終われば相手にしてくれるし、自分も香澄も、何かを邪魔される事を嫌っている。 業はじっと香澄を見つめた。 香澄の視線――蒼の瞳は、未だに本から話されていない。 その蒼が、業は、とても綺麗で、羨ましかった。 『蒼』は天野香澄の瞳の色である。 純粋な日本人であるにも拘らず、香澄の瞳は、深い蒼だ。 明るい『青』の外国人とは違う。 その『蒼』は、夕闇とも深海とも取れる『蒼』で、その瞳で見つめられるたびに、心が揺れる。 何で、心が揺れるんだろう? 業は考える。 業の瞳の色は『漆黒』だ。 ほとんどの外国人は日本人の瞳と髪は『黒』と思っているが、実際は鳶色などが多く、純粋な『漆黒』はいない。 にも関わらず、業の瞳は恐ろしいまでの『漆黒』。 西洋人に嫌われるような色で、自分でないみたいで、昔は厭でたまらなかった。 けれど、香澄がその色が『綺麗』といってくれて以来、この色を嫌う事はなくなった。 「香澄」 今度は先刻よりも、僅かに声のトーンを上げた。 すると、香澄は本から視線あげ、業を見た。 深い、深い、蒼の双眸。 「香澄が死んだら、その瞳を、頂戴」 気がつくと、その台詞を口に出していた。 香澄は呆気にとられたのか、何度も瞬きをする。 ああ、そうか。 業は思う。 その『蒼』で見つめられると心が揺れるのは、その瞳で自分以外の人間を映して欲しくないからだと。 自分のものにしてしまいたいと。 「無理だよ。俺だってこの瞳は気に入ってるんだから」 笑う。 香澄は冗談にとっているのだろう。 まるで、我が子を見つめる母親のような視線を業に向けた。 「残念だな」 どうしようもない程に求める狂気に、業は小さく嘲笑った。 解っていた。 香澄の瞳は誰のものにもならない、と。 香澄自信は誰のものにもならない、と。 そして、どうしようもないほどに、香澄を求める自分に気づいた。 香澄を求めるのは、多分、そう、生きる事と同じ。 人は誰しも誰かにすがっている。 業は香澄にすがっているのだ。 天野香澄という人間を、心のよりどころにしていたのだ。 人が生きていくうえで、どうしようもない程、求めるものがある。 例えば。 恋人。 家族。 友人。 或いは、それ以外の存在。 そして。 彼が求めるものは―――・・・ END |
ちょっと業が危ない人間になってきました;
業は香澄以外の女に手が早そう。
香澄に手を出さないのは、自分の本性を見せたくないからです。