No.24 未視感




 これは、まだ、香澄達3年生が2年生の頃、雪が舞い散る2月の出来事。




 放課後を告げるチャイムが鳴った。


 図書司書の石塚雪穂は、もう直ぐ来るであろう生徒達を待っていた。


「こんにちは〜・・・」

  最初に入ってきたのは、天野香澄だった。

 しかし、どうした事だろう。
 いつもと違い、その声に覇気がなく、まるで軍人のような背筋も猫背になっているように思えた。
「天野さん、どうかしたの?」
 座席に荷物を置いた香澄に、雪穂が声をかけた。


「あ・・・先生・・・実は・・・」


 カバンからB5サイズの紙を取り出し、雪穂に見せた。
 そこには、『3学期進路希望調査票』と大文字の明朝体が印刷されており、その下には、第一志望・第二志望・・・と 第五志望まで、学校名(会社名)を記入する項目があった。
 雪穂は大学で図書司書の資格を取っていたため、就職は難なく決まった。
 しかし、いくら景気が上昇しているといえど、就職難であるのには、変わりない。



「迷ってるんですよ・・・」


「迷ってる?」

「はい」

こくり、と頷いた。

 この天野香澄という生徒ほど『迷い』という言葉が似合わない生徒はいない、と雪穂は考えた。
 少なくとも、雪穂が知る限りの香澄は、真っ直ぐに、常に前を見据えているイメージがある。
 あんなにも真っ直ぐな心を持った人間には、この先、もう逢えないだろう、と思っているからだ。


「何で、迷ってるの?」

「今後の進路の事なんですけど・・・就職か進学か迷っているんです」


  なるほどね。


 最終的な進路は3年生になってから決定する。
 これが業やレイのような楽天的思考を持つ人間なら深刻には考えないだろう。
 しかし、香澄は真面目な人間だ。真面目ゆえに、深く考えているらしい。


「自分が何に向いているのか、分からないんです」


 香澄は俯いてしまった。
 それを見た雪穂は、図書室の扉にかけてある『会館』のプレートを『閉館』に直した。
「これで他の人はこないから、安心していいわよ」
「・・・はい・・・」
 パソコンや書類の置いてある司書専用のデスクから椅子を持ってきて、カウンターにある椅子に香澄を座らせた。




「天野さん」



「はい」



「天野さんは、3年生になったら、どうしたいの?」



「は?」



 一瞬、香澄は何を言われたのか理解できず、の目が点になった。
「だから、3年生になったら、どうしたいの?」

「どうって・・・今と変わらないと思いますけど」

 予想通りの答えだった。
 1月に香澄はクラス全体から生徒会長に推薦されたが、強引に逃げた経緯を持つ。
 香澄は真っ直ぐで、生真面目で、それでいて思いやりがあるから、 生徒からも教師からも人望が厚く、生徒会長に相応しい人物であるといえる。
 けれど、香澄が生徒会長にならずに良かったと思う自分がいる。 生徒会長になったら、学校の事で常に頭を悩ませていただろうし、図書室にもあまり来なくなるだろう。
 雪穂は香澄達が図書室を訪れるのを、楽しみにしているのだ。


「じゃあ、進学と就職、どっちが良い?」
「え・・・あー・・・進学・・ですかね・・・」
 歯切れの悪い答えだったが、一応『進学』である事は決まっているらしい。
「その・・・母が、進学して欲しいって言うんですよ。先生達も進学を薦めてくれてるんですけど・・・」

 俺は・・・どっちでもいいんですけどね。

「進学するにしても、どんな所に進学したらいいのか、分からなくて・・・」

 香澄の成績の良さは、雪穂の耳にも届いている。
 学年トップの成績+全国模試でも有名な進学校を軽々追い越し、常にベスト5の成績をキープしている。
 その成績だったら、どこの学校に行っても難なくやれるはずだ。 それに、それだけ成績が良かったら、どこの学校にも推薦がもらえる。 実際、高校の進路指導科には、香澄宛の推薦状が届いているのだが。
「天野さんの趣味とか特技、好きなことって?」
 進学するのなら、自分の興味ある分野がいいだろう。
「趣味ですが・・・趣味は読書と音楽鑑賞ですね。特技は闘剣術・・・だと思います」
「それを生かした職業につくって言うのも、一つの手よ」
「そぉですか?」
「ええ」
 香澄の読書量は半端なものではない。1年で5枚は貸し出しカードを消費するくらいだ (特技である剣術は、刀剣術ではなく、闘剣術というのがポイントかもしれない)。
「・・・余計難しくなってきました・・・」
「・・・そうね・・・」

 趣味が読書と音楽鑑賞なのは普通だろう。


 しかし、問題は特技だ。


  『刀剣術』ではなく『闘剣術』であるということ。
 以前、学校のスポーツ大会でインターハイ出場確実、と言われた剣道部主将を、香澄は打ち破った事がある。
 あまりの『闘気』の差に、相手は圧倒され、簡単に勝負がついたのだ。
 その気になれば、人だって殺せそうな勢いだった事は、雪穂の記憶にも新しい。


「じゃあ、つきたい職業は?」

「つきたい職業ですか?うー・・・思いつきません・・・」

「そう・・・」

 香澄らしい答えだった。

 きっと香澄の事だ、深く考えているに違いない。





 真っ直ぐで。



 生真面目で。



 誰よりも優しいのに。



 誰よりもその闘志は熱い。



  だからね、みんな貴方に惹かれるのよ。



「いっぱい悩んで、後悔しない道を選びなさい」




 私には、未来を視る事なんて出来ないけど。



 出来る限り、応援するから。




END



言い訳
 中々弱気な本音を見せない香澄の珍しいシーンでした。
 弱気な香澄を書くのも楽しかったです。
 私は高校のときはそれほど悩んでいませんでした(最初から進学志望だったので)。そのツケが今回ってきたのでしょうか、就職に悩んでいます。
 何故、香澄が担任の先生や進路指導の先生、業達友人に進路の相談をしなかったかというと、頼りにくかったからです。
 雪穂先生は姉のような存在で、香澄は信頼しています。
 下手に担任や指導の先生に相談すると、話がえらい方向に行くのは眼に見えてますし、業達も進路で悩んでいるから、迷惑をかけたくない、と思っています。
 最終的に香澄は進学するんですけどね。