―――覚えているのは 暖かな手と 優しい眼差しと 今にも消えそうな、微笑み――― 儚いが故の記憶 父親は仕事のために、家庭を顧みない人間で、一緒に遊んでもらった記憶は、無いに等しい。 そんな父の変わりに愛情をくれたのは、母と祖父母と姉兄。 そして。 「香澄」 おじさん。 『父性』を知らない俺にとって、おじさんだけが『父性』を与えてくれる、唯一の人。 おじさんの名は、天野霞。 俺の名前も、おじさんからとったそうだ。 その事実を知った時、何となく・・・そう、何となく、くすぐったいような、嬉しい気持ちになった。 それは多分、憧れているおじさんに『近い』と感じたからだろう。 俺はおじさんに憧れている。 それは、あの人を知った時から、ずっと変わっていない。 その気持ちを変える必要なんて無いから。 おじさんは、常に凛としている。 優しくて、聡明で・・・。 ずっと、ずっと、おじさんような人間になりたいと思っているんだ。 そんな事を云ったら、おじさんは、呆気に取られて、だけど、微笑んでくれた。 「有難う、香澄」 そう云って、おじさんは俺の頭を撫でてくれた。 おじさんの手は大きくて、暖かくて、よく髪を絡ませながら、撫でてくれた。 普通の子どもが体験するように、父親に遊んでもらった記憶は無い。頭を撫でられた記憶も無い。 否、きっとあるんだろうけど、忘れているのだろう。 どんな職業で、どんな趣味を持って、どんな正確で、どんな人間なのか、解らない。 俺の中の『父』という定義は、とても曖昧なものなのだ。 ―――香澄、強く在りなさい。 この世界では、君にとって理不尽なことばかり起こる。 それは、裏切りであったり暴力であったりする。 君の善行を避難する者もいる。 それによって、君は深く傷つき、絶望するだろう。 それでも。 それに負けないように。 自らの運命を切り開き、掴めるように。 強く在りなさい――― おじさんは、よくこんな言葉を俺の頭を撫でながら聞かせてくれた。 何でこんな言葉を云うのは、昔の俺は半分しか理解できずにいた。 それよりも、おじさんに撫でられる方が、好きだから。 そういえば。 俺に闘剣術を学ぶよう働きかけてくれたのも、おじさんだった。 『香澄、強くなりたくないか?』 『つよく?』 『そう、強く。大切な人を守れるように、己に負けないようにね』 『おのれにまけないように?』 『そうだよ。人間はね、とても弱い生き物なんだ。時に絶望して、自分を見失ってしまう。自分を自分として見れなくなってしまうんだ』 『じぶんを、じぶんとして?』 『自分という存在は、自分にしか認識できないんだよ』 『どうしてできないの?』 『人間はね、自分以外の人間の評価を恐れているんだ。だから、他人に流されて、本来の自分を見失ってしまう』 『みうしなうって、どういうことなの?』 『自分を自分として見ない―――自己を否定する事だよ―――君にそんな風になって欲しくないんだ』 ―――瞬間、おじさんの顔は、悲しそうに微笑った。 その表情が、あまりにも痛々しくて、今にも、消えてしまいそうで、おじさんの頬に手を伸ばした。 『いたいの?』 『何でそう思うんだい?』 『かなしそうなかおしてるから』 『―――そっか・・・香澄には、そう見えるんだね・・・』 おじさんに、悲しい顔をして欲しくない。 だから。 『つよく、なりたい』 強くなって、おじさんを護りたい。 そう思った。 まったく、当時の俺は、我ながら何て愚かな事を考えたのだろうか。 自分よりもずっと年上で、強いおじさんを護ろう、など。 でも、あの時、あまりにもおじさんが悲しそうな顔をしたから、初めて、護りたいと思ったんだ。 それから俺は、おじさんに紹介された場所で修行を積んで、昔よりずっと強くなったと思う。 だけど、大切な人を―――おじさんを護れるほどの力量じゃない。 どんなに頑張っても、追いつけない。 追いつけないよ・・・。 おじさん。 昔の俺と比べると、今の俺は強くなっていますか? あなたを守れるほどの強さを持っていますか? 俺は、あなたのような人間に、なれますか? ―――覚えているのは 暖かな手と 優しい眼差しと 今にも消えそうな、微笑み――― END |
後書き。
我ながら意味不明なものが出来ました。
現在の香澄が形成された理由がこれです。
ここで登場する天野霞さんは、香澄にとって憧れの人であると同時に、物語において、キーパーソン的存在です。
そのうち、ちゃんとした物語を書こうと思いますが、当分の間は無理でしょうね。
2006/7/3