「お前の云う正義とは何ぞや?」 ―――その言葉に、俺は、何も答えられなかった。 18.それぞれの正義 県立泰天(たいてん)高校の図書室に、2年3組に在籍している姫神焔がいた。彼は何する事無く、ただ、本棚に寄りかかっている。 「はぁ・・・」 本日、何度目か分からないため息を吐いた。 こんなの自分らしくない、そう思いながらも、どうしても暗くなってしまう。 それは、数日前に言われた台詞が、頭から離れないからだ。 『お前の云う正義とは何ぞや?』 彼は『正義のヒーロー』だ。『正義のヒーロー』ならば、ヒーローらしく『悪』を倒さなければならない。 なのに・・・俺は・・・。 TVのヒーロー達は、『正義』のために戦っている。 彼らの云う『正義』の本当の意味は? 自分の掲げる『正義』が万人の『正義』なのか? 『悪』を倒す事が本当に『正義』なのか? 「分かんない・・・」 今になって、『正義』というものが分からなくなってきた。 「何をやっているんだ?」 そんな風に俯いていると、彼に声をかける者が現れた。 「・・・天野先生・・・」 「ん?どうかしたのか?」 声をかけたのは、自分のクラス担任であり、国語担当の天野香澄だった。長身できれ長い深い蒼の瞳が印象的で、一見すると、クールな美形だが、本当は明るく色々と相談や勉強をみてくれる気さくで頼りになる人物だ。 焔も何度か彼女に世話になった事がある。 もしかしたら、先生なら、応えてくれるかもしれない・・・。 そう思った焔は、立ち上がり、香澄と向かい合う。 「あの、お聞きしたい事があります」 「?何だ?」 「先生は『正義』というものをどう考えていますか?」 香澄は、彼の問いかけに応える。 「一般的には、正しい道義。人が従うべき正しい道理だな。或いは、人間の社会行動の評価基準で、その違反に対し厳格な制裁を伴う規範の事だ」 姫神が聞きたいのは、そんな辞書に載っている言葉じゃないだろう? 自分で問いかけたにも拘らず、焔は、驚いた。 そう、焔が聞きたいのは、辞書に載っているようなモノではないからだ。 「はい・・・『正義のヒーロー』は『悪』を倒さなきゃいけないと思っていました。でも・・・」 でも、本当に、それが、ヒーローの成すべき事なのか、分からなくなってきました。 焔の言葉を、香澄は真剣に聞いていた。 「・・・まあ、『正義』にしろ『悪』にしろ、曖昧で無意味な事には変わりないな」 「・・・分かってます、そんな事・・・」 分かっているのなら、それで良いのではないだろうか。 思ったが、香澄は合えて口にしなかった。 「ある日、こんな事を云われたんです、『お前の云う正義とは何ぞや?』って」 「お前さんはその『正義』をどう考えてるんだ?」 「それは・・・」 その問いかけにも、彼は応えられなかった。 問題を提起した人物がだんまりを決め込んでしまっては、これ以上の進展は望めそうに無い。 「じゃあ、視点を変えてみよう。姫神は、剣道が得意だったな?」 「はい」 焔は剣道が得意だ。何を隠そう彼が剣道を始めたきっかけは、香澄にあった。彼の叔父に当たる姫神浬につれられて、剣術の大会を見に行った。 その時、一番印象に残ったのが、香澄だったのだ。 香澄の剣術は、剣道などのように型にはまった綺麗なものではなく、本気で殺す勢い、それでいて、自分に一番あった型の剣術だ。印象に残ったのは、何も剣術だけは無い。試合中に相手を真っ直ぐ見ている双眸も印象に残っている。 「じゃあ、何で剣道を始めたんだ」 「それは・・・」 天野先生のようになりたかったからです。 などと、応えられる筈も無く、 「ある人がやっていて、それが印象にあったからです」 嘘は云っていない。 「なるほどね」 香澄はしっているのか、知らないのか、曖昧な笑みを浮かべている。 「俺は闘剣術をやっているんだ」 「刀剣術ですか?」 「違うよ、姫神。闘剣術だよ」 「闘剣術、ですか?」 そんな剣術聞いたことが無い。 「まあ、俺が勝手にそう呼んでいるだけなんだがな」 苦笑しながらも、話を進める。 「姫神、俺が闘剣術を習い始めたきっかけはな、ある人に言われた事からなんだ」 「ある人?」 「ああ。俺が一番尊敬している人だ。とても優しく、聡明で、誰よりも気高く、誰よりも強く―――そして―――とても、儚い人さ」 香澄は何か―――懐かしい事を思い出すかのように、遠くを見た。 「その人に言われたんだ『強くなりたくないか?』って」 「・・・変わった人ですね」 「変わった人だよ、あの人は・・・まあ、あの一言がきっかけで、俺は闘剣術を習い始めたんだ」 「それと『正義』とどう関係が有るんですか?」 聞いておいてなんだが、焔の聞きたい事とあまり関係がない気がする。 「話しは最後まで聞きなさい。その人は『大切な人を守れるように、己に負けないように』って云ってくれたんだ。俺はその人―――大切な人を護りたいと思った。だから、ずっと闘剣術を続けているんだ」 「大切な人を・・・護りたい・・・?」 「そうだ。人間はあまりにも無力で、全ての人を護るのは不可能だ。だから、俺は身近にいる人を護ろうと思った―――それが俺の『正義』だよ」 「―――え?」 焔は驚きながらも香澄を見た。香澄は軽く微笑を浮かべえいるが、その蒼の双眸には強い光が宿っている。 「姫神、お前さんは『正義』を重く考えすぎだ。『正義』と『悪』は理性のある人間が勝手に作り出したものだ。動植物は悪行なんて出来ないからし、『正義』にしろ『悪』にしろ、人間の根底にある繋がっているものだ」 「云われてみれば・・・そうですね・・・」 「『正義』と『悪』を分かりやすく云うなら、宗教戦争だな。 キリスト教もイスラム教も崇めているものは、名前が違うだけの同じ『唯一神』だ。しかし、二つの宗教は、常に争っている。キリスト教から見『悪』はイスラム教からすれば『正義』であり、その逆も存在する・・・云っている意味が分かるな?」 「はい、一応」 「『光』と『影』、『表』と『裏』、『善』と『悪』、全て同じものであり、違うものである。要するに、考え方の問題だな」 「そうですね」 「俺の考え方を異端視するものがいるだろうが、『大切な人を護りたい』というのが、俺の『正義』だ」 香澄は焔の胸元を指差す。 「『正義』というものは誰もが持っているものだ。答えを出すのは俺じゃなくて、お前自身だ」 お前は何のために闘っているんだ? ―――俺は・・・ 「もしかしたら、お前さんの中の答えは、もう出たかもしれないな」 ・・・あ・・・。 云われて、焔は気がついた。 先刻まであったものが、綺麗に無くなっていたのだ。 「―――・・・」 そう、俺の『正義』は・・・。 「先生」 「ん?」 「俺は、この街が好きです。この学校が好きです。友達や家族が好きです」 「うん」 「俺は、その人たちのために、闘います」 それが、俺の。 「『正義』です」 「そうか」 「はい。それでは、失礼します」 焔は香澄に頭を下げると、図書室を急いで出て行った。 香澄は焔が出て行くのを確認すると、裏にある本棚に声をかける。 「いるんでしょ、よーこさん」 すると、2年5組の担任で理科を担当している五島夜羽子が現れた。古くから付き合いのある彼女とは、学科こそ違うものの同じ大学に進学し、同じ職業を選んだ。 「気がついていたんだな」 「当たり前じゃん」 「まあ、お前なら気づくな」 軽く笑みを浮かべながら、夜羽子は香澄の横に立った。 「香澄、お前は相変わらず面白い事を云うな」 「面白いって・・・俺は俺の考えを述べただけさ。まあ、一般的な理論からかけ離れているけどね」 「それがお前らしくて、面白いんじゃないか」 「ありがとう」 香澄は素直に礼を述べる。 「姫神だが・・・あいつもお前と同様、変わったモノを背負っているようだ」 「うん。姫神も変わったモノを背負っている。だからこそ、悩むんだろうね」 ま、思春期らしくて良い事だけど。 「そーいえば、よーこさんの『正義』って何なの?」 問われた夜羽子は、しばし考え込み、口元に軽く笑みを浮かべる。 「秘密だ」 言われた香澄は子どものように口を尖らせた 「ずるーい」 「ずるくない」 そして、二人も図書室を去る。 開けられた窓から、爽やかな風が入り、図書室を満たした。 END |
後書き
「儚いが故の記憶」の続編です。
香澄は将来、国語教師になっています。
新キャラの姫神焔君は、オリジナルに登場する姫神浬の甥で、香澄の生徒という美味しい立場になっています。
焔君は『正義のヒーロー(戦隊)』で、それを公にしていません。
しかし、香澄と夜羽子は気づいていてますが、気づかないふりをしています。
このタイトルなら、仮面ライダーでやればよかったんでしょうけど、
そうなると内容が重くなってしまうので、あえて、オリジナルにしてみました。
正義とか悪とは、個人が考えるものなので、ここでは、香澄らしい意見を言ってみました。