6月初め、県立遠誠高校では衣替えが行われた。 暑苦しいブレザーから開放され、涼しげな薄めの服装が許される。 それでなくても最近の気候はおかしいらしく、5月なのに真夏並の気温になる日が続き、体調を崩す生徒が続出した。 まあ、衣替えは毎年6月と決まっているのだが・・・。 それはともかく。 衣替えとなると、ドキドキするのが男子生徒。 野暮ったいブレザーに隠されていた素肌が露わになり、自慢するかのごとく、露出してくれる(一部に例外がいるが)。 しかし。 期待を裏切る人間はどこの世界にもいる。 期待は裏切るためにある。 この日の最高気温は33度。夏の気温だ。 8時という登校時間でも、すでに25度以上になっていた。 近場の生徒は半そでのワイシャツを。遠方から通っている生徒は朝が早いため、長袖のシャツを捲くっている。 「あち〜」 レイは第3ボタンまでだらしなく開け、パタパタと下敷きを団扇代わりにしてる。 遠誠高校は県立高校のため、教室にクーラーという文明機器は無い。 あったとしても、パソコン室か図書室、職員室くらいだ。 先生はずるい!生徒は口を揃えるが、そんな事教師には通じない。 「もうだめ・・・しぬ・・・」 白夜は己の体温で生暖かくなった机に突っ伏した。 せめて風があれば・・・願ってみても、風は吹かない。 「異常気象ね・・・」 夏樹は暑いためだろう、いつも下ろしている髪をアップにしている。 「まったくだ」 浬はからのペットボトルをゴミ箱に投げ捨てた。 こんな暑いには、コンビニや自動販売機のジュースが飛ぶように売れる。人工飲料水の、大体の単価は10円程度だが、その間に仲買人などが入るため、やたらと高くなってしまうのだ。そして、毎日のように新しい商品が開発され、CMなどが流れ、大衆が買い求める。ミネラルウォーターなどと称されるものは、日本国内ではそのまま販売する事は出来ない。 一度加熱し、消毒しなければならず、本当のミネラルウォーターを求める事は難しい。 全ては、経営戦略。 今のような自由主義であるから、日本は経済大国として名を馳せている。 これが、共産主義だったら・・・ここまで発展しなかったはずだ。 「わけわかんねー・・・」 「まったくだ」 夏はまだ来ないのに、酷く、暑い。 「来ないな、香澄と神埼」 「遅刻か?」 「あいつに限ってそれはないよ」 香澄は生真面目な人物で、かなり適当な業とは違う。 と。 噂をすれば、何とやら。 教室の扉が開き、香澄と業が入ってきた。 「はよー」 「おはよう」 その姿に、全員が言葉を失い、二人―――香澄を直視した。 ぶっちゃけた話、ありえない。 それのそのはず、業は半そでのシャツを第2ボタンまであけた涼しげな格好だが、香澄はいつも通り、ワイシャツのボタンは全部閉め、袖もまくらず、ネクタイもぴっちり締めている姿で。 唯一違うところと言えば、ブレザーを羽織っていないところだ。 『またかー!!!!!』 全員が突っ込みを入れた。 * * * 時間はかわり、放課後の図書室。 湿度に弱い本のため、図書室は常に冷房がつけられている。 夏樹はカウンター業務、和奈達は宿題、天梨と紅は雪穂とのおしゃべり、レイ達は机に突っ伏し、香澄と業は読書。 「つーかさ、何で香澄っていつも長袖なんだ?」 ふいに、白夜が口を開いた。 「は?」 「え?」 業と香澄は変な声を出した。 「何でって・・・」 「中学の時から、いつも長袖だったじゃん」 ああ、そういえば。 香澄はぼんやりと己の中学時代を思い出した。 体育の時はともかく、どんなに暑くてもワイシャツはずっと長袖だった。 「俺、肌弱いから、日焼け止めとかつけられないんだ」 「去年も聞かなかったか、それ?」 去年も、香澄は夏は長袖だった。 香澄は肌が弱い。低刺激のベビーローションしかつけられないし、ロレックスなどの金属時計をつけると腫れ上がり、シャンプーも専用の薬用シャンプーでなければ洗えないくらいなのだ。 ちなみに、香澄の母親はかなり肌が強い。蚊に刺されてもそれほど酷く腫れないし、漆がついても石鹸で洗いオロナインをつければ大丈夫なくらいだ。 「プールの時間も嫌々入ってるもんね」 「課題やるんだったら、我慢してプールに入る方がマシだ」 遠誠高校では、プールに入らなければ課題をやらなければいけない。その課題は面倒なのだ。使った例の無い体育の教科書に載っている水泳のページを全部うつし提出する。ページは全部で20ページ、しかも、イラストも書き込まなければならない。 毎年やっている生徒の姿を見かけるのだが、あまりの大変さに『絶対にプールに入ろう!』と決める生徒が多数存在する。 香澄達もその中に入る。 「だったら、少しは着崩せばいいじゃんか」 レイが言うと、香澄はレイを睨みつけた。 「そんな不真面目な格好が、出来るか!!!!」 ダンッ!! 香澄は珍しく本を机に叩きつけた。 いつもより静かだった図書室が余計静かになった。 香澄はクソ真面目なのだ。それは、彼女の姉と兄にも言えることである。 香澄の祖父は礼儀にはかなり厳しい人物だった。昔から礼儀を身に着けていたため、制服を着崩す事など絶対にしない。 イマドキ珍しい人物だ、否、分けの分からない人物だ。 つまり。 「香澄の生腕とかが見たいんだったら、夏休みに連絡なしに遊びに行く事だね♪」 予告なしで遊びに行けと言うわけだ。 いくら学校で真面目な格好をしていても、家ではタンクトップを着ているのだ。 その言葉を聞いて、3人は喜んだ、が 「俺、今年の夏もこっちにいないから」 香澄の無常な一言に切り殺された。 END |
衣替えの話です。 分けわかんないっすね。 香澄の格好のモデルは兄と後輩S。 二人ともえらく生真面目に制服着てるんだもん(Sはともかく、兄は夏でも外にいる時は長袖です)。 ちなみ、香澄は夏はどこに行ってるのか? それは別の話で明かしますよ。 |