コスプレ魂? |
色とりどりの紙テープやポスターが、普段は飾り気の無い壁に所狭しと貼られている。ポスターのほとんどが、セミナーや学科の出し物の案内だ。 広々としたキャンパスには、カラフルなテントや旗が立っており、誰もが忙しそうに走っていた。 そんな中、私立煉眞大学成宮セミナーのリーダー・高根沢雪崩は、荷物置き場兼更衣室代わりに使っている教室の前で嬉しそうに笑っていた。その笑みは『嬉しい』を通り越して『怪しい』ものであり、セミナー生達は引き気味に彼を見た。 「雪崩、怪しいよ」 雪崩の双子の妹である名残がそんな彼をたしなめる。 「名残は嬉しいと思わないか?これで井頭セミナーに勝てるんだぞ!!」 その言葉に、名残以外のセミナー生思わず同意する。 この大学―――私立煉眞大学は、教員を志す学生が集う学舎で、国文科・史学科・理数科・体育科・英語科・家政科・美術科・音楽科の8つの学科がある。 学科ごとに仲が良かったり悪かったりする。 理論的な根底は同じであるにも関わらず、国文科の成宮セミナーと理数科の井頭セミナーはかなり仲が悪い。 キャンパス内で顔をあわせると、途端に険悪な雰囲気になるのは日常茶飯事、今回のような文化祭などで、売り上げや客の数で競い合う事が毎年のパターン。去年・一昨年と、成宮セミナーは売り上げが負けている。 だから、必死なのだ。 そんな中、一筋の光明といえるべき新セミナー生が入って来た。 「リーダー、終わりましたよ」 ガラリ、扉が開けられ、現れた2人の人物に、誰もがため息をもらす。 1人は純白の着物に真っ赤な袴にその身を包み、雪の如く白い肌に絹のような漆黒の長髪の美しい巫女だった。その容姿は失われし『大和撫子』そのもの。或いは、それ以上のもの。 もう1人は紺色のダブルのスーツに水色のワイシャツ、軽く開かれた胸元にシルバーアクセサリー輝くホストだった。整った顔立ちと静謐な瞳に、女性のみならず男性までもが眼を奪われる。 「すっげ〜!!」 「ホント、外河君も天野さんもとっても似合ってるわよ!」 口々に、黒髪の女性とスーツの青年を褒め称える。 勘の良い方はもうお分かりだろう。黒髪の巫女は外河薫、スーツのホストは天野香澄だった。 県立遠誠高校を卒業した香澄は、県内の私立煉眞大学に入学した。 香澄だけではない。私立矢次高校の五島夜羽子・猫目真咲・外河薫も一緒だ。 夜羽子は理数科、真咲は美術科、香澄と薫は国文科である。香澄と夜羽子は将来教職に就こうと思っているし、真咲は画家を目指し、薫はどこか雑誌の編集部に就職したいと思い、この大学に入学した。 学科の違う夜羽子と真咲はともかく、同じ学科の香澄と薫は同じセミナーに所属している。 セミナーというのは、簡単に言ってしまえばクラスだ。各学科に幾つかのセミナーがある。自分にあったセミナーを選び、学校行事や何か行う際、そのセミナーで活動する。 今回の文化祭―――れんま祭もセミナー活動の一環だ。 セミナー単位で何かしら催し物をやるのだが、2人の所属する成宮セミナーは毎年おでんを販売している。一方の井頭セミナーは焼き鳥とクレープ。 あっちの方が女性受けするな、と思った。 「つーか、何でコスプレしなきゃいけないんですか?」 「似合うからに決まってるだろう!!」 雪崩に力強く言われ、香澄はため息を吐いた。 いや、自分は普段の格好とさほど変わらないのだから、まだマシだろう。問題は薫だ。 薫は男性であるにも拘らず、下手な女性よりも女性的だ。今回のコスプレ――巫女さんもそれがあったればこその事だと思った。 《れんま祭開会式を行います。関係者は至急野外ステージ周辺に集合してください》 「さあやるぞ!!」 『応っっ!!!!』 かくして、れんま祭が始まった。 * * * 制服姿の女子高生2人組が受付からパンフレットを貰い、敷地内を歩いていた。 「お腹すいたね〜」 「どこかで何か食べようか」 パンフレットに載っている屋台案内を見ていると 「お嬢さん」 と声をかけられた。 振り返ってみると、長身の青年がいた。整った顔立ちに清潔なスーツ、静謐、それでいてきれ長い瞳。中世的な声が2人には心地よく聞こえた。 「もしよろしければ、俺のセミナーで食べていきませんか?」 にっこり、と優しく微笑まれ、2人は顔を真っ赤にした。 「「は、はい」」 それほど荷物の入っていないカバンを持って、優雅に屋台に案内する。 「いらっしゃいませ!」 「何に致しましょうか?」 2人がつれてこられたのはおでん屋だった。大根・タマゴ・もち巾着・しらたき・昆布・ジャガイモ・はんぺん・コンニャク・ちくわの9種類、1品50円という値段で販売されている。 エプロンをした大学生に言われ、2人組はおでんの具を選んだ。 スーツの青年は具の入った器を持って、近くのベンチまで運んでくれた。 「もし良かったら、明日も来て下さいね。明日もいますから」 「「はい」」 スーツの青年は屋台に戻っていった。 「流石は香澄だな」 「ホストやったらどうだ?」 「厭ですよ。そんな不安定な職業」 スーツ青年(ホスト)――香澄は女子高生2人組に背を向けたまま、厭そうに話した。 平均以上の長身にくわえて、男性的な顔立ちであり、男性にしか見えない香澄でも、流石にホストは厭らしい。 香澄はかなり現実的で、教員になれば地方公務員として年金などの問題が解消される事を知っている。元々国語系は全般的に得意であったから、教員になってもおかしくないのだ。 「そんな事言ったら、薫君はどうなるんですか?」 「外河も・・・うん・・・ありゃトップを狙えるぞ」 3年生の片桐誠が同意する。 彼の視線の先には、男3人組を相手にしている薫の姿があった。 香澄達の屋台の隣にはミニスカートのメイドが3人いるが、ほとんど見向きもされない。 それは当たり前だと思った。メイドは茶髪でお世辞にも上品とはいえない化粧をしている。対する巫女である薫は眉毛を整え、薄く口紅を塗った程度。それだけで彼の魅力を十分に引き出している。 「凄いな・・・」 唖然としながらやってきたのは、同じ1年生で体育科の御厨陣だった。 「いらっしゃい。何に致しましょうか?」 「大根とタマゴとしらたき頼む」 「分かりました」 プラスチックの容器に言われた具を入れ、代金を受け取る。陣は器を受け取るとさっさと行ってしまった。 「明日もよろしく〜」 香澄は軽く手をふった。 陣を見送った香澄は薫の客の相手をした。 遠めでも分かる巫女とホストがいるのだから、人はひっきりなしにやってくる。 ほとんどが薫と香澄目当てで、買い物したから一緒に写真をとって欲しい、とう願いもあった。香澄は同意したが、薫は同意せず、そのまま販売を続けた。 まだ駆け出しの芸能人が呼ばれて行われるライブ。ほとんどの人間が体育館へ向かったおかげで、おでんの販売は一応休息をとることが出来た。 「つっかれた〜」 「まったくだ」 コスプレをしていない2,3年生や他の1年生は各自好きなように休んでいる。 その時。 「ちょっと良いか?」 「はい。何に致しましょうか?」 声をかけられ、反射的に接客の体勢に入った。 客は2人。この場にいる男たちには無縁のたくましい青年が2人。 「俺は大根とちくわとこんにゃく、タマゴともち巾着。本郷は?」 本郷、と呼ばれた青年は同じで良いと言った。 「全部で500円になります」 千円紙幣を受け取り、おつりを先に渡す。お釣りをしまうのを確認し、品物を渡した。 次に来たのは、同じく2人組みの男だった。前の客と違うのは、1人は修羅場を経験したような人物だったが、もう1人は幼い印象があった。 「すみません」 「はい、何に致しましょうか?」 「神林、どれにする?」 「あ、真田さんにお任せします」 「では、しらたき・ジャガイモ・はんぺん・タマゴを2つずつ貰おう」 「合計400円になります」 こちらは先刻の客と違いお釣りが無かった。 最後にやってきたのは、こちらも同じく2人組だった。 「今平気か?」 「はい」 「じゃあ、俺はジャガイモとちくわとタマゴとしらたきで」 「はい、かしこまりました」 「劾はどうするんだ?」 「俺も同じものでいい」 「じゃそれも」 「はい」 「400円になります」 500円硬貨を渡され、100円のおつりがあった。 2年生の水澤彰人が3組を見送った後、ポツリとつぶやいた。 「妙な人たちだったな」 誰も彼も無言で同意する。 その後、ライブが終わり客が殺到し、午後1時半にはおでんは完売していた。 明日はもっと売れると見込んで、先輩達が近所のスーパーに今日の倍くらいある具を買いに走った。 その予想は大当たりで、翌日はもっと人が殺到した。 そして、ホストの香澄と巫女の薫は、色んな意味で伝説となった。 END |
言い訳 文化祭楽しかったな〜という熱から出来ました。 微妙に版権のキャラ達がいます。誰か分かりますか?(分かりやすすぎ) 高校の文化祭と比べると、大学の文化祭ははるかに楽しいです。 おでんの販売は私の所属するセミナーで実際にありました。 おばちゃん軍団が押し寄せてきた時は、マジで私が切れそうでした。 実話:創作 7:3の割合です。 |