序章 狂ッタ情景




「先輩、私のこと、好きですか?」

夕日によって紅く染まる教室で、青いリボンタイの少女が問いかける。
紅いネクタイをした、少女からすれば先輩にあたる男子生徒が、少女を抱きしめた。
「当たり前じゃないか』
その言葉を聞いた少女は、ゆっくりと彼の背中に手を回した。
「嬉しいです、先輩」
静寂で、けれど遠くの雑音が赤い教室に響く。
抱き合っていると、お互いの鼓動が激しくなる。
少女が嬉しかった。
人気のあったこの先輩が、何のとりえも無い自分を選んでくれた事を。

少女が初めてこの先輩を見たのは、去年の文化祭だった。
前夜祭でバンドのヴォーカルをしていた彼はとても輝いていて、自分に無いその輝きに少女は惹かれた。
彼は人気があり、取り巻きもたくさんいた。
玉砕覚悟で告白したら、
『実は俺も』
という返事をくれた。

それから、毎日が天国だった。
毎朝お弁当を作り、迎えに来てくれた先輩にそれを渡して一緒に登校。
櫃は一緒にお弁当を食べ、夜は寝る前に電話もした。
数日前には、
『卒業したら結婚しよう』
といってくれた時は、本当に嬉しかった。
しかし、少女の両親はそれに反対した。

『まだ若すぎる』

と。
こんなに好きなのに、何故一緒になれないのか。
少女は泣いた。
涙が枯れるほど泣いた。

「先輩、好きです」
「俺も好きだよ」
「愛しています、先輩」
「俺も愛しているよ」

先輩、好きです
俺も好きだよ
愛しています、先輩
俺も愛しているよ
先輩、好きです
俺も好きだよ
愛しています、先輩
俺も愛しているよ

何かに取り憑かれたかのように、二人のやり取りは続く。
もう、二人の耳には何も届かない。
届くのは、お互いの声だけ。
二人のやり取りは、狂っているとしか思えなかった。
狂っているとしか思えないことでも、二人は幸せだった。
「一緒にいたいです。ずっと、誰にも邪魔されずに」
「―――そうだね」

フワ………

開いている窓から風が入り、教室のカーテンを揺らした。