第三章 協力者



 空は次第に暗くなり、夜がその存在を色濃く主張する―――黄昏時、万茶画廊の存在が忘れ去られようとしていた。
 街の裏道にひっそりと、まるで、世界を拒絶するように、万茶画廊は佇んでいる。
万茶画廊(ばんちゃがろう)』は何処か古ぼけた雰囲気を持つ御茶屋だ。紅茶や日本茶などの量り売りがメインだが、ティーカップなども販売しており、店の一角に設けられているフリースペースで買った物を飲めるようになっている。
 香澄が扉を開けると、カラン、とドアベルが鳴った。
「いらっしゃいませ、天野さん」
「お久しぶりです、鼠佳さん」
 両目を包帯で覆った女性が彼を出迎えた。
 彼女の名は視綿 鼠佳(しめん そか)。万茶画廊の正式従業員である。鼠佳はいつも両目を包帯で覆い、手には白状を持っている。彼女は視えすぎる(・・・・・)から眼を覆っているのだ。
「もう、揃っていますよ」
 鼠佳がそっと手をフリースペースの向けた。
 ありがとう、それだけ言うと、香澄はフリースペースへ足を向けた。
『万茶画廊』不思議な御茶屋だ。
 どこが、と聞かれれば、おそらく「全て」と答えるだろう。店の外観もそうだが、一番は店の雰囲気だ。
客がいない時に訪れると人の気配が一切感じられないが、盲目の従業員が気配なく現れる。
 世界を拒絶するかのようだが、香澄はこの静寂すぎる雰囲気が気に入っていた。
 フリースペースには、三人の学生がいた。
「ごめん、急に呼び出して」
 香澄は謝ると、焔のような紅い瞳の五島 夜羽子(ごとう ようこ)が口を開いた。
「暇だったし、構わんよ」
「珍しいね。香澄さんがあたし達を呼ぶなんて」
 そう言ったのは、色素の薄い髪と瞳の猫目 真咲(ねこめ まさき)だ。
「もしかして、例のヤツ?」
 漆黒の髪と瞳の外河 薫(とがわ かおる)が香澄に問いかけた(ちなみに、薫と真咲は恋人同士である)。
「うん、それなんだ」
 薫の言う『例のヤツ』というのは、遠誠高校で起きている謎の失踪事件の事だ。
 こちらに来る前、夜羽子に当てたメールにも『うちの学校で起きてる事件について、話がしたい』と送っておいた。
「多分、三人にしか頼れない事だから…」
 微かな苦笑と自嘲がこぼれた。
「お前の頼みだ。断る理由なんて無い」
 夜羽子はそれに気づかないふりをする。
 ただ、香澄には、笑っていて欲しい、と想っただけだ。
「ありがとう」
「じゃあ、さっそく本題に入る?」
「そうだな」
 説明よろしく、言われた香澄は、自分が知っている限りの事を話すと決めた。
「最初に失踪したのは、三年の三原大和と二年の岡島美由紀。この二人は学校でも有名なカップルだ。次が、美術物の部長・副部長・部員の計五人。この五人は仲が良かったらしい。続いて、陸上部と野球部と帰宅部の六人。この六人は部活を休んでいた。最後は―――…」
 握っていた手が、白くなった。
「最後は……不明なんだ。でも、俺の後輩が巻き込まれた事は、確実なんだ……」
「ちょ………どういう意味だ………?」
「後輩が『教室に用がある』っていった。その直後、変な感じがしたんだ」
「まさか、その後…」
「そのまさかだよ。後輩の姿はどこにも無かった…」
「そうなんだ…」
 何も出来なかった、と、香澄は俯いたまま、唇をかみ締める。
 三人は、香澄の気持ちが痛いほど分かった。
『大切な人を守りたい』という強い気持ちを持っていても、守れなければ、意味が無い。
 香澄は、大切な人を、守りたかった―――けれど、守れなかった。香澄は、自分が無力だと、改めて認識したのだ。
「―――じゃあ、現場に行くとするか?」
 夜羽子が立ち上がると、薫、真咲と続けざまに立ち上がった。
「香澄さん、今から、香澄さんの学校に行くよ」
「早く行って、原因を突き止めないと」
「言った人間が、呆けててどうするんだ」
 一瞬、呆気にとられた香澄だったが、急いで立ち上がった。
「うん!行こう………!」
 友に背中を押された香澄の蒼の双眸に、輝きが戻った。