そうだ、己はこういう精神にこの身を捧げているのだ。
それは叡智の、最高の結論だが、
「日々に自由と生活とを戦い取らねばならぬ者こそ、自由と生活を享けるに値する」
そしてこの土地ではそんな風に、危険に取り囲まれて、子供も大人も老人も、まめやかな歳月を送り迎えるのだ。
己はそういう人の群を見たい、己は自由な土地の上に、自由な民とともに生きたい。
そういう瞬間に向って、己はよびかけたい、
「時よ止まれ、おまえはなんと美しいのか!」と。
己の地上の生活の痕跡は、幾世を経ても滅びるということがないだろう――そういう無上の幸福を想像して、今、己はこの最高の刹那を味わうのだ。

     ヨーハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ著『ファウスト』






  過ぎ行く日々に想いを馳せる





朝が来て、昼が来て、夜が来て。

春になり、夏になり、秋になり、冬になる。

時間と季節は絶え間なく廻り、窓から見える風景はいつの間にか変わっていた。





BADAN――元凶との戦いの後、仲間達はそれぞれの道を歩き始めた。

時折、本郷の元に便りが届くだけで、全員が本郷邸に揃う事は滅多にない。


本郷は思う――あの頃は、戦いに明け暮れていた、と。


得たものは少なく、失ったものは多く、血を吐こうか、血の涙を流そうが――それでも、ただ戦いに身を投じた。




ふと――強烈な光が、本郷の瞼に浮かんだ。




たった一人、肉親以上の愛情を抱いた戦友――滝和也。



滝と共に闘った事は、本郷の記憶に深く刻まれ、一生忘れる事などないと、彼自身感じている。
本郷が『仮面ライダー』として戦ってこれたのは、滝がいたおかげだった。


彼になら己の総てを預けられると思っていた。
どんな戦いにも絶望する事無く、何の恐れも抱かなかった――否、きっと本郷は抱いていたはずだ――滝を失う事の『恐怖』を。


それを表に出さなかったのは、滝が自分の隣りで笑っていてくれたからだ。

そして本郷は気づく。

『滝和也』がどれほど本郷に影響を与えていたのかを。


どれほどの時間が流れ過ぎ去っていったのかを。




散歩の途中で出会う老夫婦は何時の何か亡くなり、近所の公園で見かけた子どもは何時の間にかスーツを着込み、荒れていた家の後には小さなアパートが建ち・・・一体、どれほど時間が過ぎたのか――本郷がそれを知る術はない。


時折滝からメールが届く。



『元気でやっているか』



そんな些細な文章で、メールが届くたびに本郷は安堵の息を漏らす。

戦いの後、滝は現場に復帰し、以前にように逢う機会が少なくなった。
現在、彼が何をしているのか、本郷はメールでしか知りえないのだ――その気になれば、海を越えて、滝の元へ行く事だって出来るはずだ。



そうしないのは、自分が弱いからだろうか。



ショッカーによって改造された肉体は、決して老いる事はない。

だが、滝は改造されていない、生身の人間だ。

彼は老いて――自分を残して死んでいくのだろう。



――滝、お前は今の俺を笑うか?」



問いかけてみても、答えなど返ってこない。




時よ止まれ、おまえはなんて美しいのか!――そんな台詞を言ったのは、欲望に狂った者。



――いつか、俺も同じ事を云うのだろうか。


過ぎ行く日々に、かつて『英雄』と呼ばれた男は――想いを馳せる。




   END