逢いたい気持ち




「はい」


FBI本部の近隣の喫茶店で、軽めの昼食を摂っていた滝に、同じく昼食を摂っていた同僚―――日本人の葛生圭は、一つのカセットテープを渡した。
「葛生、何だよコレ」
「見て分からない?カセットテープだよ」
透明なケースに収められた、カセットテープ。
「イマドキこんなもん持ってる奴はいないぞ」
滝が軽く笑うと、圭は苦笑した。
「仕方ないよ。俺だってコレで送られてきたんだから」
ダビングするの大変だったんだよ。
音楽の録音にMDやCD−Rが主流となっている現在、カセットテープはあまりにも古めかしいものだった。
否、古めかしいものではない。MDやCD−Rが主流となっていても、
音楽店やホームセンターなどには、今も売られている事くらい知っている。
だから、余計だ。
余計に、妙に古めかしく感じてしまう。
「お前のイトコは何考えてんのかねー?」
「さあ?」
圭は肩を軽くすくめた。一瞬だけ、圭はとても優しげな光を、その瞳に浮かべた。
圭のイトコに、過去何回か会ったことがある。
やけにボーっとした奴だ、と滝は思い出した。
「で、それを俺にくれるって分けか」
「うん。何かゲームの音楽らしいけど、詳しくは知らない」
「ふーん・・・まあ、ありがたく頂いておくけどな」
「そりゃ良かった」
滝は上着のポケットにそのカセットテープを押し込んだ。
その後、分けの分からない話で一通り笑った後、滝は午前中から書いている書類を仕上げるために本部へ還り、
圭は自分の担当している事件の進展を求め現場へ向かった。





夜、アパートへ帰った滝は、途中で買ったスパゲッティーを食べ終えた後、カセットテープを手に取った。
軽く放り投げ、自分の手に戻ってきたテープ。
かろうじてカセットがついているCDコンポに、それを押し込み、再生ボタンを押した。
しばらく無音が続いたが、優しげなピアノのイントロが聞こえてきた。




I'll stay to wait for you 過ぎ去っても……

桜色した春風が 私の側をただ吹き抜ける
繰り返してた季節の中に あなただけがいなかった




詩を聞いた途端、滝は泣きそうになった。
CDコンポから流れる歌は、まるで自分の心情を汲み取っているかのようで。
無論、送り主はそんな事をちっとも知らないのだが・・・。

「ヤベェ・・・」

会いたくなってきた。
滝はベッドにうつ伏せになり、目を閉じた。
遠いどこかで戦っている、正義の味方。
不条理な運命に翻弄され、それでも、人類のために戦う英雄。
会いたい
会いたい
会いたい・・・
どうしようもない感情が、滝の心を締め付ける。




二人過ごしたあの日のかけら 眩しい程に輝いていた
見つめる事が辛いなら 捨ててしまえばいい



会いたい。
会って名前を呼んでほしい。
抱きしめて、キスしてほしい。

「・・・って、何考えてんだ、俺!!」

起き上がり、ブンブン頭を振った。
頬がやけに熱く感じる。
一瞬、テープを止めようかと考えたが、止めてどうにかなるものではない事に気づき、そのままにしておいた。




ガラス越しに映る笑顔 指でなぞった
私、ここにいます





詩を聞き終え、滝はすぐに停止のボタンを押し、カセットを取り出した。
おそらく、この歌を聞くのは最初で最後。
もう二度と聞くものか、と考えた時、ピンポンとチャイムが鳴った。
こんな時間に誰だ?
玄関の扉を開けた滝の目に、思いがけない人物の姿が飛び込んできた。
「・・・本郷?」
その人物は、つい先刻まで彼の心を占めていた戦友だった。
「久しぶりだな、滝」
「ああ・・・久しぶり」
本郷の突然の来訪に唖然とした滝だが、すぐにその思考を元に戻した。
「なんだよ、急に」
「ああ、お前に会いたくなってな」
会いに来たんだ。
笑顔で言われた滝は、顔を真っ赤にした。
「ばっ・・・!!」
馬鹿かと怒鳴ろうとした滝の唇と、本郷は自分の唇で塞いだ。
「!」
軽く触れるだけのキス。
本郷は器用に後ろ手で扉を閉めると、滝を抱きしめた。
「逢いたかった」
滝の耳元に己の気持ちを落とし、再び口付けた。

  END