貴女に触れられると、ドキドキする




    No.15 頭を撫でる手




『お疲れさん』



そう言って、さんは良く俺たちの頭を撫でる。

さんからすれば、何気ない事なんだろう。


でも、俺は、さんに触れられると、ドキドキする。


「どうかしたのか、神林君?」
「いえ、別に・・・何でもありません」
「?そうか?」

にっこりと笑って、頭を撫でていた手を離した。

その手が離れるのが、凄く、名残惜しいと感じる。



さんが俺の頭を撫でる時、母さんみたく優しく撫でてくれない。

ガシガシと、力が強くて、髪の毛が抜けるかと思った事がある。

それでも、俺は、その感覚が好きだと思った。




さん、この書類はどうすればいいですか?」
「ああ、その書類か?その書類は、ちょっと複雑だから・・・これを元にすると良いよ」
「はい、有難うございます」
さんは整理されたファイルから、一枚の書類を取り出してくれた。

さんの傍で行動する時、何気なく目に付くのは、さんの手。

当たり前だけど、ユリちゃんや姉ちゃんみたく、爪を伸ばしてマニキュアをつけたり、ネイルアートをやっていない。

指自体は細いけど爪は短めに切ってあって、掌は硬く、ゴツゴツしている。

それは、さんが今までやってきた事を物語っているって思った。

さんは、俺が海上保安官になる前から、海上保安官として働いていた。




『海上保安庁初の女性潜水士』


『特殊救難隊初の女性隊員』


『Dangerous』




さんはたくさんの名前を背負っている。
だから、さんは自隊の訓練以外に自主的にトレーニングをやっているのを、何度か見かけた事がある。
多分、さんにのしかかっているプレッシャーは俺が思っている以上のものだ。

それでも、さんは何時も笑っていて、



「辛いって思う時もあるよ。だが、そう思ってそれ以上の事をやらなかったら、自分に負ける事になる。は自分に負けるつもりなんかないよ」



自信満々に言う。


さんは、とても強くて、雄々しい女性だ。



さん、終わりました」
「お、どれどれ・・・」
俺が書いた書類を取り上げて、さんは確認してくれる。
さんは国語の能力が高いらしく、書類製作の際には、色んな人から確認を求められる。
「・・・うん、これなら大丈夫だよ」
「本当ですか?」
「ああ。が保障するよ」
「はい!」
「お疲れさん」



ガシガシと力強く撫でられる。

さんからすれば、何気ない行動だろうけど、俺からすれば心臓が激しく脈打ってて、頬が火照っていると感じた。


さんに触れられると、ドキドキする。


これが恋か憧れか分からないけど、今はまだ、貴女の傍にいさせてください。



   END 





後書き
 兵悟→さんでした。
 兵悟って、恋と憧れの区別がつかない人間だと思います。さんに対する感情も、きっとそんな感じ。
 でも、この作品でのさんは『母性』と『父性』の両方を持ち合わせた女性として描きました。
 本編の兵悟の父は、兵悟が小さい時になくなったので、兵悟は『父性』をあまり感じた事が無いと思います。だから、さんのように『父性』を持った人に惹かれたんじゃないかなと・・・。
 ここまで読んでくださって有難うございます。