彼女と彼女の仲間の事情 聖・ヴァレンタインデー。 世界各地で男女の愛の誓いの日とされる日。 本来はローマ皇帝の迫害下で殉教した、聖ヴァレンティヌスに由来する記念日である。 西洋では男女問わずカードやお菓子を配る習慣があるが、日本では製菓業界の陰謀か、チョコレート共に女性が男性に愛の告白をするのが習慣となっている。 例え義理でも好きな人からチョコを貰いたいのが、男と言うものであり、それは、特殊救難隊でも変わらない事である。 「今日はバレンタインだね」 兵悟の言葉に、他のヒヨコ隊がいっせいに頷く。 「貰うあてが無いのが寂しいけどね」 自分で言っておきながら、何となく星野は悲しくなった。 「そうじゃな」 その言葉に大羽が同意する。 勤務していた管区や各自の地元ならともかく、知り合いが乏しい東京でチョコをもらえそうな気配は無い。星野は地元だが、チョコをもらえる確率は低い。 「オイは絶対に恵子たんから貰うばい!!」 盤は愛しの女性、わしたかのパイロットである五十嵐からチョコを貰いたいと思っているようだが。 ((((絶対に無理だし)))) と、兵悟達は心の中で突っ込みを入れた。 五十嵐の性格上、盤にチョコをあげるとは考えられない。 「俺、さんから貰いたいな」 佐藤の言葉に、四人が即座に反応する。 「だよね!」 「俺もさんから貰いたいな」 「さんて、こまめなんだかそうじゃないんだか、分からないからね」 「恵子たんからも欲しいけど、たんからも欲しいたい!!」 五人がチョコを貰いたいと願っている人物は特殊救難隊の彼らの先輩に当たる―――男でも難しいレスキューの世界で、逞しく生きる特殊救難隊第一隊副隊長。 義理でもよいからからからチョコを貰いたい、と言うのが、彼らの切実な願いだったりする。 だが、からもらえるかどうか分からない。 もらえる、と言う淡い気持ちを消して、今日も彼らは一人前になるための訓練に励む為、基地に向かった。 基地はいつもと違う雰囲気が漂っていた。それもそのはず、今日はバレンタインデーだからである。 オレンジ色の、正式な隊員しか着られない服を纏った彼らもまた、ヒヨコ隊たちと同じような気持ちを抱いていた。 「お早うございます」 「おはよう」 「おはよー」 「おはようございますって・・・凄いですね・・・」 基地に着いたヒヨコ隊の目に飛び込んできたのは、第三隊隊長である真田の机に置かれているチョコである。一個や二個ではなく、軽く見積もっても十個はありそうだ。 「それ、どうしたんですか?」 問うと、真田から簡単な答えが返ってきた。 「ここに来るまでに貰ったんだ」 事も無げに言う真田を見て、改めて彼の凄さを知ったヒヨコ隊だった。 「でも、あんなの序の口だな」 そんなヒヨコ隊をからかうように第一隊隊長の黒岩が口を挟む。 「え?」 「どうしてですか?」 意味が分からないのか、兵悟は頭に疑問符を浮かべ、彼の変わりに佐藤が黒岩に問いかけた。 「それはな・・・」 黒岩が言いかけたとき。 「おはよー!」 元気な挨拶と共に、がやってきた。 「あ、さん、おはようござい・・・」 声のした方をを向いたヒヨコ隊は、の持っているものを見て唖然とした。 の手に紙袋が二つも提げられているのだ。一つはもう入らないのか綺麗にラッピングされたもの―――明らかにバレンタインの贈り物が口の部分から見え、もう一つも半分はそれが入っているようだ。 「えーっと・・・さん?」 「うん?どうかしたのか?」 「それ、どうしたんですか・・・?」 星野が恐る恐る問いかけると、 「ああ、貰ったんだよ」 は自分の椅子の上にいっぱいの袋を、机の上に残りの袋を置きながら、平然と言った。 「「「「「もらった?」」」」」 異口同音のヒヨコ隊を面白い、と内心思いながら答える。 「うん。こっちに来る途中に、よく行くコンビニの定員さんとか知らない女子高生さんとか、近所の人から貰ったんだよ」 笑うを見て、 (そんな漫画じゃあるまいし!!) と突っ込みを入れた。 「どうせ義理だろうけどね」 などとは言っているが、そのラッピングを見ると義理には見えない。可愛らしいラッピングは手作りのもので、都内の某有名菓子店や某王室御用達店のもの・・・など、気合の入ったものばかり―――明らかに女性の『本気』と取れるチョコだ。 「さんて、本当にモテるんですね」 感心したように兵悟が言う。 「昔から変わってないな」 真田が呆れたように言うと、全くよ、と五十嵐が嫌そうに同意する。 と真田と五十嵐は海上保安大学の同期であり、よく一緒に行動していた(といっても、五十嵐がを、それに便乗してが真田を無理矢理引きずっていただけだが)。 「のモテ方は半端じゃなかったわね」 「えー、そうかな?」 「本当に・・・まあ、流石は私のね」 という台詞と共に、考え込むを見て、五十嵐は彼女に抱きついた。 (いつからお前(あなた)のものになったんだよ(ですか)!?) その場にいた全員で、五十嵐の行動に突っ込みを入れた。 そんな五十嵐の行動を見た真田は、から五十嵐を引き剥がそうとした。 「何するの、真田君」 「が迷惑しているじゃないのか?」 「してないわよ、ね?」 「え?」 「してるだろ?」 「え??」 同期の友人2人に左右から問われ、は困惑の声を上げる。自身の身に起きている事に、まったく分かっていないようだ。 「隊長〜、助けてくださ〜い」 情けない声を出しながら、は黒岩に助けを願う。何故なら、この二人の暴走を止められるのは、二人より年上の黒岩だけだからである。 基地長や専門官も年上だが、真田と五十嵐の迫力に負けてしまい、無駄骨に終わるだけだ。 だから、は黒岩に助けを求めたのだ。 助けを求められた黒岩は、多少呆れつつもを取り合う真田と五十嵐を引き剥がした。 「いい加減にしねえと、が困ってるだろうが」 黒岩に言われて、二人は渋々から離れた。 「助かりました。ありがとうございます」 へにょり、という音がつきそうな気の抜けた笑顔では黒岩に礼を言う。黒岩はグシャグシャとの頭を撫でた。 は黒岩を信頼しており、黒岩もを娘のように可愛がっている。二人の間には、強い信頼関係が有るのだ。 「あ、そうだ!」 何かを思い出したらしく、は背負っていたバッグをおろし、中から水色の小袋を取り出し、黒岩に渡した。 「隊長、いつもお世話になっています」 「お、悪いな」 そういいつつも、黒岩は嬉しそうだ。黒岩に渡し終えると、傍にいた真田と五十嵐に同じ袋を手渡す。 「五十嵐さんと真田も」 「ありがとう」 「今年もからもらえて嬉しいわ」 礼を言われたは嬉しそうに微笑むと、続いて、ヒヨコ隊にも袋を手渡した。 「はい、神林君に石井君に星野君に大場君に佐藤君」 「「「「「ありがとうございます!!」」」」」 まさかもらえると思っていなかったため、ヒヨコ隊は元気よくに礼を言った。 その後、は特殊救難隊隊員や整備士に航空基地の隊員、果てには掃除のおばちゃんにまで袋を配った。 「さん、何でそんなに上げるんですか?」 兵悟の問いかけに、は笑顔で答えた。 「バレンタインデーは、お世話になった人にお菓子を上げる日だからね」 END |