朝が来て 昼が来て 夜が来て 春になり 夏になり 秋になり 冬になる 時間と季節は絶え間なく廻る そして 世界もまた廻る |
75. それでも世界は廻るから 真田甚と五十嵐恵子は東京駅で待ち合わせて、あらかじめ決めていた新幹線に乗った。 東京駅から新幹線に乗ること約2時間。駅に着いた二人は、電車を使いさらに15分移動する。目的の駅につくと、バスを使い、目的の場所まで向かう。 その間、二人の間に全く会話はなく、お互いに目をあわせようとしない。 忘れもしない七月七日。 五十嵐は大切な友人を。 真田は思いを寄せていた友人を。 此の世から永遠に失った――。 バス停に着いた二人は、近くの花屋で花束を買う。 真田は百合を中心とした白い花束。 五十嵐は淡い色の薔薇の花束。 そして、線香とペットボトルの水。 それを携えて、二人は目的地へと歩き出した。 道中、矢張り会話はない。 同じ歩調で、二人はひたすら歩く。 夏の暑さに伴い、喪服の黒が太陽光を吸収して、より一層服に熱がこもる。 バス停から歩く事10分。 二人は山の一部を切り開いた、墓地に着いた。墓地は4つの断層になっており、各断層にいくための階段は整備されている。 階段を登り、3段目にある墓へ向かう。 従来の縦長の墓とは違い、横に伸びた定礎のような墓だ。 既に誰か――身内が来たのだろう。墓石はきれいにされ、ステンレス製の花入れには、小菊を中心とした仏花が活けられていた。 花入れに入れることの出来ないため、二人はそれぞれの花束を墓にそっと立てかけた。 真田は持っているライターで線香に火をつけ、その半分を五十嵐に渡す。線香を受け取った五十嵐が先に線香置き場に線香を置き、真田もそれに続く。 そして、目を閉じて、手を合わせた。 しばらく二人はそうしていたが、やがて手を合わせるのを止めて、墓に目をやる。 「もう何年になるのかしら?」 「5年は経つんじゃないのか」 五十嵐の言葉に、真田がそっけなく答えた。 ここでようやく二人は、会話らしい会話をした。 『家之墓』と達筆に彫られている墓石。 この場所には、海保大時代の同期の友人――が眠っているのだ。 「―――長かったわね」 「ああ」 『』という名前を出し、彼女を知っている人々は、"ああ、あの(さんですね)か"という反応が返ってくる。 海上保安庁初の女性潜水士であり、特殊救難隊初の女性隊員。 そして。 海保大時代の同期で、真田と五十嵐の共通の友人だ。 『五十嵐さーん、真田ー!』 目を閉じれば、脳裏に浮かぶ、明るい笑顔にはっきりとした声。 ―――あの頃は、海難事故の恐ろしさ知らず、笑いあって、切磋琢磨しあった。 真田と五十嵐と―――との出会いや共にすごした日々。 長いようで短かった、海保大で過ごした4年間と、海上保安官となって過ごした日々が、昨日の事のように感じられる。 あの楽しかった日々がずっと続けばいい――そう願っていた。 けれど。 「五十嵐さん」 「何?」 「俺は―――あの時の自分を、許せないでいる」 「奇遇ね・・・私もよ」 そんな日々は、もう永遠に来ないことを、二人は知っている。 ―――5年前の七月七日。 七夕だったが、生憎の雨だった。 ある旅行会社がカップル限定のナイトクルージングを企画し、風雨が強かったため、津波注意報などを近隣の漁場に出していたが、警報が出ていたにも拘らず、旅行会社はクルージングを決行した。 それは予想していたと言うべきか、言わないべきか。 津波により客船は転覆し、近隣の海上保安庁はもとより、特殊救難隊が出動する事になった。 出動したのは、真田とがいた4隊。五十嵐がヘリのサブパイロットを勤めていた。二人は当時の隊長も五十嵐達パイロットも、お互いを信頼していた。 いつも通りの出動。 いつも通りの救助活動。 いつも通りの終わり―――全員が無事に帰還すると、誰もが思っていた。 だが。 『要救助者発見!救助に向かいます』 荷物などが密集している場所に、要救助者と思われる女性が倒れていた。 荷物をどかしている暇はなく、一人がやっと張っていけるスペースしかなかった。 『が行きます。だったら、何とか通れますし』 は身につけていた酸素ボンベをおろし、ゆっくりと匍匐前身で進んでいく。 『気絶しているだけのよう・・・!?』 女性の状態を確認している時、突如客船が傾いた。 その衝撃で、荷物は崩れ、退路は完全に断たれてしまった。 そして――・・・。 「私は一日たりとも、のことを忘れた事はないわ」 五十嵐からすれば、は忘れる事の出来ない大切な友人だった。 何を言われても恐れず、自分の信じた道を歩いていた。 「奇遇だな・・・俺もだ」 真田からすれば、は大切な友人であり、好意を寄せていた人物だ。 明るく前向きだったは、真田の目から見て魅力的な女性。 伝えたかった想いを伝えられずに逝ってしまった大切な人。 再び二人の間に沈黙が走る。 二人が悪いわけじゃない。 警報を聞かずに海に出てしまった旅行会社が引き起こした、不幸な偶然が重なった事故。 だが、二人はずっと己を攻めているのだ。 ―――もし、あの事故が起きなかったら、とずっと一緒に笑っていられただろうか。 そんな事を考えてしまうほど、二人は彼女に執着していたのだ。 『二人が上を目指すなら、も上を目指そうかな。そうすれば、ずっと一緒にいられるよね』 そう笑った友人は、もういない。 ずっと、この罪を背負って生きていく。 何をしても、決して赦される事の無い罪を。 |
朝が来て 昼が来て 夜が来て 春になり 夏になり 秋になり 冬になる 時間と季節は絶え間なくめぐる けれど この時間と季節に あなただけがいない それでも 世界は廻る |
END |
後書き
色んな意味でごめんなさい。
たまにはシリアスを〜なんて書いてみたら、悲夢になっちゃいました。
星野くんが自分の府中でトッキューを止めた時の真田さんのセリフや、真田さんと肩を組んでいる人の写真を見て、この話を思いつきました。
写真の人をさんにいれかえると・・・何となくしっくり来ます。
色々と後書きで語るのもアレなので、ここら辺にしておきます。