Rainy



梅雨前線の活動が活発になり、地域によっては土砂災害や河川の急激な増水といった災害が多発する。
海も荒れ、海難事故も増えるため、出動要請もよくかかる。


その日、真田が本屋から出て来た時には、既に雨が降っていた。
この時期、大気の状態が不安定となり、雷を伴う激しい雨が集中的に降る事が多い。
朝のニュースで関東地方全域に大雨警報が出ていたため、傘を持参していたのだ。
周囲を見渡せば、自分と同じように傘をさしている者、慌てて建物の玄関に逃げ込む者、雨の中を全力疾走している者がいた。
自分の横を通り過ぎようとした青年を見て、真田はその腕をつかんだ。


「―――神林?」


青年――神林兵悟は、目を大きく見開いて、真田を見た。
「そんなに濡れて、どうしたんだ?」
言うと、兵悟はバツの悪そうな顔をした。
「え・・・と・・・」
「言ってみろ」
真田の鋭い眼光が、兵悟を捕らえる。
「走っていて疲れたから公園で休んでいたんですけど、いつの間にか寝ちゃったらしくって、それで・・・」
恥ずかしいのか、冷たい頬を赤らめる兵悟に、真田の咽喉が小さく鳴る。
濡れてその身体に張り付いたシャツは透け、しっとりとした漆黒の髪が、いつも彼から感じる色香をいつも以上に漂わせている。


欲しい、と思った。


―――誰ヲ?


神林を。


―――ドウシテ?


誰かに、盗られる前に。


「あの、真田さん・・・?」
兵悟に声をかけられ、はっとした。
大きな漆黒の瞳が、心配そうに真田を覗き込んでいる。
それは、自分と真逆の性質のモノ。
「そのままでは風邪を引く」
真田は強引にその腕をつかみ、自宅へ連れて行った。



 * * *



兵悟を自宅へ連れ込むと、有無を言わさずバスルームに放り込んだ。
梅雨特有の湿り気と、温度により上昇した室温は思いのほか高く、真田はあまりつけないエアコンをつけた。
シトシトと雨水が垂れる音と、バスルームから聞こえるシャワー音が、静寂の空間に、いやに響く。

しばらくすると、ガシガシを髪を拭く兵悟がバスルームから出てきた。

「真田さん、ありがとうございました」
「いや・・・」
男にしては小柄な兵悟には真田の服はいささか大きすぎた。
首元から覗く、ほんのり色づいた、健康的な身体。


此処に、神林がいる。


そう思うと、やたらと喉が渇く感じがした。
「喉が渇いただろう。これを飲め」
冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、兵悟に渡すと、すみません、といって受け取った。
美味しそうに、兵悟はゴクゴクと水を流し込む。
真田も同様に、枯渇する喉に、強制的に水を流し込むが、それは一向に治まる気配を見せない。
むしろ、どんどん悪い方向に走っていく気がした。
そんな真田の心情など知らない兵悟は、物珍しそうに部屋を眺めていた。

「神林」

声をかけると、はい、と振り返り、トテトテと歩み寄ってきた。
「何ですか?」
真っ直ぐな瞳が、真田を見つめる。
彼の漆黒の瞳には、自分の姿しか映していない。
しかし、いつ、自分以外の男を映すのか、真田は焦燥にかられた。
「あ、あの・・・」
兵悟は不安の色を瞳に浮かべ、真田を見た。

「さ、真田さん―――!?」

真田は兵悟を抱きしめた。
一瞬、何が起こったのか、兵悟には理解できなかった。
次第に状況を把握し、真田から逃れようともがくが、力の差は歴然だ。
真田は、そんな兵悟を逃さないように、彼がもがく度に腕の力を強める。


「好きだ」


おそらく兵悟にしか聞こえないくらいの低音で、真田は呟いた。
途端、もがいていた兵悟は大人しくなった。


「好きだ、神林」


再び囁かれた声に、兵悟は身体を震わせた。
兵悟はじっと真田を見つめる。
真田の顔が少しずつ、兵悟に近づき、唇を重ねた。
兵悟はたじろいたが、真田はそれを許さず、何度も唇を重ねる。

触れるだけのキス。

そして、真田はいつも見せるものとは別のものを、兵悟に向けた。
「―――嫌いになったか?」
兵悟は答えず、首を横に振る。
「あ・・・俺も・・・す、好きです・・・」
恥ずかしいのか、兵悟は顔を真っ赤にして俯いた。
「そうか」
真田は満足そうに微笑むと、再び兵悟に口付けた。




    END
私の住む地域は、この季節になると物凄い雨が降ります。