例えば。 幼子が、無条件の愛情を注ぐ親を離さないように 非力に握る手。 その手から伝わるものは・・・ |
繋いだ手 |
「どうしよう・・・」 人が行き交うメインストリートから少々外れた店の前にいる兵悟はぽつりと呟いた。 横浜中華街は、人が多い。 日本が世界に誇る大規模なチャイナ・タウンは、横浜港開港と共に建設された。 中国的―――異国に来てしまったかのような錯覚を起こす、煌びやかな『街』は 、平日もそうだが、休日の、特にイベントがある日ともなると、中華街を訪れる人の数は半端ではない。 メインストリートや店には客が大勢訪れ、日本の経済活動に影響を与えている。 そんな横浜中華街に、兵悟はやってきた。否、兵悟だけではない。 彼の所属する特殊救難隊のヒヨコ隊の教官兼3隊副隊長の嶋本とやってきたのだが、如何せん、人が多すぎた為、 不覚にもはぐれてしまった。 中華街に入り口で、手を繋ぐよう言われたが、兵悟は拒んだ。 嶋本が嫌いなわけではない。 恋人同士であるのだが、そういう関係になったのはつい最近の事で、 そういった類の事に免疫が無い兵悟は恥ずかしかったのだ。 やっぱり、あの時ちゃんと繋いでいれば良かったかな・・・。 兵悟は空を見上げた。 それなりに高い建物の群集から見上げる空は、綺麗ではあるが狭く、まるで、自分の心情を表しているかのようだ。 偶然TVでやっていた横浜特集を見た時、中華街が取り上げられた。 長崎にも中華街はあるが、横浜ほどの規模は無い。 それでも、修学旅行シーズンとなると、国内各地からかなりの学生で溢れていたが。 興味を持ち、行きたいと言った所、 「デートにはちょうどええな」 と言われた。 そして、待ちに待った休日。 以前大羽に連れられて来た観覧車を見た後、中華街にやってきた。 恥ずかしくても繋いでいれば、こんな事にはならなかった、と、兵悟は今更ながら後悔した。 携帯で連絡すればいいのだろうが、電波が飛び交っているのか、中々届かない。 「嶋本さん・・・」 メインストリートを行き交う人々を見て、ツー・・、と兵悟の瞳から涙がこぼれた。 初めての場所で、いるはずの人がいない。 怖い。 このまま会えなくなったらどうしよう、それよりも、呆れられてしまうのではないか、という恐怖が 彼の心を侵食する。 怖い。 まるで、自分だけがこの空間から隔離され閉まったかのようだ。 思わずしゃがんでしまった兵悟の耳に 「神林ー!」 自分を呼ぶ声が聞こえた。 立ち上がり、周囲を見回してみると 「嶋本さん・・・!」 嶋本が走ってきた。 「何やっとるんや、お前は!」 「すみませ・・・っ」 嶋本に会えた嬉しさと心細さから開放された兵悟は大きな瞳から、ポロポロと涙を流した。 「何で泣いてるんや?」 「だって・・・嶋本さ・・・に逢えなくなったら・・・どうし・・・」 一瞬、呆気に取られた嶋本は、兵悟の手をとると、ほとんど人気のない路地裏に彼を押し込んだ。 「泣くな、神林」 「はい・・・」 言われるものの、一度流れてしまった涙を止めるのは至難の技だ。 「言っとくがな、神林」 「?」 グイッと兵悟を自分の方に引っ張ると、嶋本は彼の唇に己の唇を落とした。 「っ!」 突然の事に驚いた兵悟は思わずバッと身を引いた。 「な、何するんですか!」 顔を真っ赤に染め、泣く事も忘れ、嶋本に言う。 その様子を見た嶋本は、不謹慎にも可愛いと思ってしまった。 「俺はお前を離すつもりはこれっぽちもないで」 「・・・」 真面目な顔で言われ、兵悟はさらに顔を赤くする。 「わかったか?」 「はい」 満足そうに頷く嶋本は、兵悟の手をとった。 「今度は離すんやないで」 「はい!」 元気よく返事をした兵悟は島本の手をしっかりと握り締めた。 繋いだ手からは、互いの温もりが伝わってくる。 その日、二人は中華街とその周辺を中心に歩き回った。 翌日。 何故か中華街にいた1隊の副隊長に、兵悟とキスする現場を目撃され、 「ほどほどにしておけよ」 と笑顔で言われた嶋本は、その日一日、色んな意味で大変だったらしい。 |
END |
横浜といえば中華街!
管理人には何故かそういう方程式が出来ております。
修学旅行で長崎の中華街を訪れましたが、横浜と比べると規模が小さいです。
この1隊の副隊長さん、頻繁に登場しそう・・・。