No,41 君がいなくちゃ 前編 ジェス・リブルと・は、とある町にいた。 サー・マティアスの以来を無事に終えた二人は、依頼料を片手に、食料の買出しに来ているのだ。 「とりあえず、小麦粉と調味料は必須かな。後は、保存のきく食材に・・・あ、ジャムとかも必要だよね?」 「あー・・・その辺は、に任せるよ」 古来より、財布を握るのは女性の役目だ。女性は、決められた給料で生活水準を維持するために、お金の使い方を本能的に理解している。もお金の使い方を知っているため、食料の買出しなどを担当している。 「下手に大きなスーパーよりも、卸売りとかやってる所の方が安いかな・・・」 考え事をしながら歩くと同じ歩調で、ジェスが歩く。 こうしてると、買出し中の新婚夫婦みたいだよな? などと考えていた。 ジェスは以前に告白したが、その返事は未だ貰っていない。 少なくとも、は自分を好いている。それが、友情なのか、愛情なのか、本人は分かっていないが。 「あ、日用品も必要だったな・・・ジェスは何か必要なものってある?」 「んー・・・特に思いつかないな」 「まあ、石鹸とかくらい・・・だよね」 「そんな所だな」 などと話していると、背後から声をかけられた。 「あら、ジェスじゃない」 振り返ってみると、同じジャーナリストのベルナデット・ルルーがいた。彼女はジェスのような駆け出しのフォト・ジャーナリストではなく、プラント政府直属の報道機関の人間だ。 「げ、ベルかよ・・・」 「あら、げ、とは失礼じゃないかしら?」 「あんたに会うと、云いたくなるんだよ!」 女性相手に大人気ない・・・はそう思いつつも、鉛のようなものを飲み込んだような感覚が伝わってきた。 「・・・?」 はこの感覚に僅かに眉をしかめる。 ―――なんだろう、この感覚は。 そう思いながらも、自分の目の前で繰りひろげている大人気ない口喧嘩を、冷めた目で見ていた。ここが公道であり、人が多く、人目があるのが、せめてもの救いだ。 「ジェス、時間が掛かりそうだから、私は先に買い物に行くね」 「は?」 「あ、何かあったら連絡入れるから」 は二人に背を向けて雑踏へ消えていった。 あらかじめ目星をつけていた店を見つけたが、入る気になれなず、仕方なくは近くにあったベンチに座った。 ジェスがベルナデットと話している時、ずっと感じていた変な感覚。 ―――何だったのかな? そんな風に考えていると。 「あら、じゃない」 声をかけられた。振り返ると、 「ロレッタさん」 サーペントテールのロレッタ・アジャーがいた。 「お久しぶりです」 「久しぶりね。元気そうで何よりだわ」 「風花ちゃんがいないようですけど、仕事ですか?」 「ええ。ここの権力者からの依頼で、情報を集めているところなのよ」 微笑むロレッタを見て、いつ見ても美人さんだな、とは思った。同性のから見ても、小麦色の肌と真紅のルージュが似合うロレッタは魅力的だ。 「元気ないけど、どうかしたの?」 「え・・・元気ないように、見えました?」 「ええ」 をよく知らない人物から見れば、いつもの彼女に見える。しかし、彼女をよく知る人物であれば、彼女がいつもと違う事が分かる。 ジャンク屋であるの仕事は、何もジャンクの回収などだけではない。場合によっては、物資の運搬なども行っている。物資の運搬などで世話になるをよく知っているロレッタは、の様子がいつもと違う事に気づいたのだ。 それは、本当に微かなもので、人生経験が豊富で心配りのできるロレッタだからこそ見抜けたのだ。 「今、時間ありますか?」 「あるけど、何か悩みでもあるのかしら?」 「まあ・・・そんなところです」 * * * 近くのカフェにやってきた二人は、それぞれ飲み物を頼んだ。 「それで、の悩みは何なの?」 「えーっとですね・・・」 微かに頬を赤らめているは、ロレッタから視線を逸らし、あー、とか、うー、とか言葉を捜しており、ロレッタはそれを気にする事無く、の言葉を待った。 「そのですね・・・ロレッタさんは、ジェスの事、知ってますよね?」 「ええ、知ってるわ」 真実を追い、戦場を駆け抜けるフリーのフォト・ジャーナリスト、ジェス・リブル。 はジェスの使用しているMS・アウトフレームの整備士として、ジェスと行動をともにしている事をロレッタは知っている。 「彼と何かあったの?」 何となく。そう、何となくではあるが、の言葉が予想できる。 「え・・・はい・・・実は、その・・・告白、されたんです」 「あら、そうなの」 ロレッタはそんなに驚かなかった。彼女の予想は、見事に当たったようだ。 「それで、返事は?」 「・・・まだです」 はテーブルに臥せってしまった。 「ジェスは、私に一目惚れしたらしいんですよ。でも、私はそんな事に気づかなくて、返事を待ってもらったんです」 何て云ったら良いんでしょうね・・・。 「は、ジェスが嫌いなの?」 「いや、嫌いじゃないですよ。嫌いだったら、整備を頼まれてもやりませんもん」 顔を上げて、きっぱり云った。 ここで言い切る辺りが、彼女らしい。 「じゃあ、好きなの?」 「仲間としては好きですが、異性として好きかって聞かれたら・・・答えに困ります」 今まで異性にそんな風に言われたこと無かったんで・・・ 「あら・・・」 でも。 は言葉を続ける。 「でも、先刻、ジェスに同じジャーナリストのベルナデット・ルルーさんとであったです」 ロレッタもその名を聞いた事がある。プラントの正式報道機関の人間で、豊富な人材と資源を持っている。彼女はそれを駆使して活動を行っているのだ。 「それで、二人が話しているところを見て・・・嫌になったんですよ・・・」 おかしな話でしょう? は苦笑いを浮かべるが、ロレッタはそんな彼女に優しく微笑む。 「あら、おかしい事じゃないわ。あなたは、ベルナデットに嫉妬したのよ」 「嫉妬・・・ですか?」 「そう、嫉妬よ。あなたはジェスとベルナデットが話している所を見て、嫌になったんでしょう?それは、あなたがベルナデットに嫉妬しているのよ」 「でも、ロウが叢雲さんと話していても嫌になりますよ?」 の答えに、流石のロレッタも苦笑いを浮かべる。 「そういう嫉妬と、ちょっと違うんだけど・・・」 「そうなんですか?」 「ええ。あなたの今までの行動を振り返ってみて」 云われて、は考える。 ロウが劾と話しているの見るのは確かに嫌だが、ずっとそれを引きずらない。樹里やリーアム、イライジャなどもそうだ。 しかし、ジェスとベルナデットの場合は? 今もずっと嫌な感じ―――塊をずっと引きずっている。 「違い・・・ますね」 「それが嫉妬よ。あなたは本当はジェスの事が好きなの。でも、今までそれに気づかなかっただけなの」 「気づかなかっただけ・・・?」 「ええ。思い出してみて―――あなたとジェスが過ごしたい日々を」 ジェスと笑って、共に悩み考えたり、アウトフレームを常に最高の状態に保つため整備をして―――ジャスが隣にいる事が、当たり前だった。 彼の隣はとても居心地が良く、そこから放れたくない、と何度も思った。 「私は・・・ジェスが・・・好き・・・?」 声に出して確かめてみると、次第に、実感がわいてくる。 私は、 ―――・は ジェスが、 ―――ジェス・リブルが 「―――好き」 途端、の顔が赤くなる。 は真っ赤になった顔を隠すように、手で覆った。 「・・・自分で言うのもなんですけど・・・ちょっと、信じられません・・・」 「どうして?」 「だって、私は、ロレッタさんやベルナデットさんみたく、美人じゃないですよ?」 既に熱は引いたらしく、は覆っていた手を外した。 「あら、そんな事は関係ないわ。彼はあなたの魅力に気づいたのよ」 「魅力、ですか・・・?」 「ええ。あなたの持つ魅力よ」 「そんな・・・私は、魅力なんて持っていませんよ」 慌てて否定するに、ロレッタは優しく諭す。 「あら、はとても魅力的よ。あなた自身、その魅力に気づいていないだけ。あなたの魅力に気づかない人は、見る目がないのよ」 「そうですか?」 「ええ、そうよ」 ロレッタの目から見た・という人物を植物で例えるなら、彼女は薔薇だ。 それも、温室で大切に育てられた薔薇ではなく、厳しい自然の中で生き抜いてきた野薔薇。 華美な温室育ちの薔薇ばかり見ている人間から注目されないが、野薔薇の美しさと力強さを知っている人間から愛される―――はそんな魅力を秘めた女性なのだ。 「風花も最近、あなたみたいな人間になりたいって云ってるくらいなの」 「風花ちゃんが、ですか?」 「そうよ」 は顔を真っ赤に染めた。 「そんな風に思われたなんて・・・」 信じられない、と頭を抱える。 そんなをロレッタは微笑ましく見守っていた ドォォォンッッ・・・!!! 刹那。 眩い閃光と凄まじい爆発音と衝撃が、襲い掛かってきた。 「ロレッタさん!」 はロレッタを床に倒し、彼女を庇うように覆いかぶさった。 ほんの数秒の出来事だったが、2人には永遠のように感じた。砂埃が舞う中、は上体を僅かに起こし、周辺の様子を伺う。 「大丈夫ですか、ロレッタさん」 「ええ。私は大丈夫だけど・・・何が起きたのかしら?」 見れば、自分達と同じように床やテーブルの下に隠れた者や、割れたガラスで怪我をした者のいる。 「事故か、テロでしょうね」 「可能性としては、ブルーコスモスによるテロ、ですね」 「ええ」 2人は反コーディネイター団体・ブルーコスモスによるテロだと解釈した。 元々、ブルーコスモスは遺伝子操作を反対する団体だったが、コーディネイターへの劣等感などが高まり、次第に過激になり、テロ行為に出たりするようになった。 「とにかく、此処にいる人たちの手当てをしましょう」 「はい。私、ちょっと外を見てみます」 体勢を低くしたまま、は窓に近づき、周囲の様子を伺う。 「あの方向は・・・!」 一番酷く燃えている方向は、先刻まで、ジェスとベルナデットがいた場所だ。 まさか―――! 知恵を持つようになった人間が失った何かが、に告げる。 嫌な予感がする、と。 はその場から駆け出した。 背後でロレッタがの名前を呼ぶが、その声はに届かなかった。 瓦礫の町を走るは、己を抱きしめ、うずくまっている人物を見つけた。 「ベルナデットさん!」 ベルナデットだった。 彼女の姿を確認したは、すぐさま彼女に問いかける。 「あの、ジェスは・・・!?」 「あいつは、直ぐに私と別れたわ」 「分かれたって、どこに!?」 「あっちよ」 ベルナデットが指差した方向は、此処より先の、此処以上に悲惨な場所だった。おそらく、出来事の中心地だろう。 顔面蒼白になりながらも、は再び駆け出した。 「ちょ・・・危ないわよ!」 自分を呼ぶ声などお構い無しに、は走った。 苦しい―――肺が酸素を求め、激しく呼吸を繰り返す。息が切らして、は走り続けた。 もう走るのは止めろ、と頭の中に声が響く。 走るのを止めれば、どんなに楽になるのか、20年生きてきたに、その答えは分かりきっていた。 けれど、は走ることを止めなかった。 走る事を止めてしまったら―――? 「馬鹿な事を・・・!」 考えるな! は己を叱咤して走った。 中心地に近づくにつれ、惨劇の姿が露わになる。 強固な建築物も、美しく彩っていた草花も、今まで生きていたものも、全てが、壊れていた。 空を覆う黒煙、燻る焔、声にならない悲鳴を上げる人々・・・それはまさに、地獄絵図に相応しいものだった。 悲惨すぎて、目を覆いたくなる状況の中、は必死にジェスを探した。 「ジェス!どこにいるの!?」 焼け焦げる匂いに吐き気を覚え、炎によって乾いている大気に咽喉と目を痛め、それでもなお、ジェスの名を呼んだ。 ―――私はまだ、何も伝えていない。 やっと自覚したこの『想い』を、ジェスに伝えなければならない。 「ジェスー!!!」 どうか、無事でいて―――! NEXT |